水の都ケララ 〜インド経済視察団同行記
(1) 好機  地方間交流モデルに

 人口12億人のインド市場獲得に乗りだそうと中海・宍道湖圏域の市長会や経済団体で合同編成する「インド経済視察団」(代表・山根常正山陰インド協会会長、38人)が4〜10日、現地を訪問した。インド南部・ケララ州の政府と水質浄化など7分野の交流に向け、行政間の協議開始に合意するなど成果を上げた。視察団に同行し、「水の都」と呼ばれる州の実情や交流への展望を探った。

 「こうしたタイミングでお越しいただき、本当にタイムリー」

人口12億人を抱え、経済成長を続けるインド。ケララ州コチの市街地は人や車、バイクでごった返していた=6日

 5日、首都ニューデリーの在インド日本大使館。視察団一行に、八木毅大使が声をかけた。

 日本とインドは9月、「特別戦略的グローバル・パートナーシップ東京宣言」に合意したばかり。日本の対インド直接投資と進出日系企業数を5年以内に倍増させる目標だ。

 日本側が狙うのは両国の地方間交流による経済振興。八木大使は「両国の首脳会談で地方と地方の交流を増やし、裾野の広い関係を目指すことで一致した」と話し、視察団を歓迎した。

首脳合意渡りに船

 首脳会談での合意は中海・宍道湖圏域にとっても渡りに船だった。圏域の市長会や経済団体は政府開発援助(ODA)などを活用して、企業の技術力でインドの課題解決を手助けし、ビジネス発展につなげる戦略を描く。

 インドの国情は複雑だ。七つの連邦直轄領と29の州ごとに言語や法律、税制が異なり、地方政府の権限が強い。どの地方を交流先にするのか。素早い絞り込みは成功のカギとなる。

 中海・宍道湖圏域には利点があった。インドと提携交流する日本の自治体は横浜市や広島県など計8県市。が、中海・宍道湖圏域のように県境を越えて官民で連携する例はない。

 モデルケースを確立したい両国政府の思惑もあり、両国大使館は視察団を厚遇した。交流先として大使館が紹介したケララ州はワドワ駐日インド大使の地元。日本大使館側は1等書記官らが何度も現地で事前調整し、州政府首相と視察団の会談を実現させた。

IT、観光で活気

 視察団は6日、ニューデリーから空路4時間、約3千キロ離れたケララ州コチ市に入った。アラビア海に面し、インド航路を発見したバスコダガマが訪れた情緒ある地方の港町だ。IT産業や観光業がまちに活気をもたらしている。

 「ケララは経済力がある州。大使館としてもできるだけサポートしたい」。八木大使の言葉を背に、一行は州政府首相との会談に臨んだ。


 【クリック】 インド 人口12億人は世界2位。2000年代の経済成長率は平均約8%で新興5カ国(BRICS)の一つ。12年に4%台に失速し、5月に誕生したモディ政権が経済改革に注力する。年齢分布は若年層が多いピラミッド型で、優良な市場と労働力を確保。進出日系企業は13年10月現在で1072社。過去6年間でほぼ5倍に増えた。

(2) 道筋  「10分野交流」協議へ
インド・ケララ州のオーメン・チャンディ州首相(右)と握手する松浦正敬松江市長(左から2人目)=6日

 「州が直面する課題にわれわれがどうアプローチできるか知りたい」

 インド南部のケララ州コチ市内のホテル。オーメン・チャンディ州首相を前に、「インド経済視察団」(38人)の団長を務める松浦正敬松江市長が切り出した。

経済界の強い要請

 視察団には経済界の強い要請を受け、「中海・宍道湖・大山圏域市長会」に入る松江、出雲、安来、米子、境港の5市長が顔をそろえた。インドは州など地方政府の権限が強い。行政がインドとの交流に加わることは大きな強みになる。

 視察で最大の成果は州政府と市長会が初会談し、行政間協議に道筋を付けたことだ。松浦市長の提案にチャンディ州首相は「今日はいいスタート。今後も意見交換したい」と応じた。

地下水汚染が深刻

 日本から複数の首長が一緒にケララ入りするのは初めて。州最大の都市・コチ市では市長との会談を地元マスコミ12社が取材し、関心の高さをうかがわせた。

 視察団は市内の上下水道やごみ処理場、魚市場などインフラを見学した。築55年の下水処理施設は市民60万人の5%分しか処理できず、地下水や河川の汚染が深刻化。上水道は供給量不足に加え、配管補修が不十分で、配水が汚れていた。

 コチ港の魚市場は国内最大規模。年間1千万トンの魚処理が可能だが、鮮度管理の技術が乏しい。中村勝治境港市長は「どういった支援ができるか、境港の水産業界と検討する」と交流促進の手掛かりをつかんだ。

 市長会は州政府と水質改善やごみ処理、水産加工など7分野で、コチ市とは災害、下水処理、生活環境の3分野で交流に向けた協議開始を申し合わせた。

滞在中に一体感

 5市長が1週間も行動をともにすることは国内でもなく、滞在中に一体感をいっそう強めた。インドと長期的な交流に圏域一体で取り組むことは、5市長の共通認識となった。

 最終目標は圏域からインドへの企業進出。今回、政府開発援助(ODA)を活用した具体的協議に入る企業も出た。松浦市長は「インドとウィンウィン(相互利益)の関係でなければならない」として、山陰の企業を後押しする決意を新たにした。


 【クリック】 ケララ州 人口3339万人で、面積は約4万平方キロメートルで日本の10分の1。識字率94%は国内平均74%を大きく上回る。人口の6割以上が農業に従事。2011年度の経済成長率は7・8%で、ITや観光業がけん引。州内にはIT企業の集積地が3カ所ある。在留日本人は13年10月現在で52人。日系企業は105社。

(3) 商機  技術導入支援手厚く
インド・ケララ州コチ市のごみ処理施設に隣接する埋め立て処分場。処理しきれないプラスチック交じりのごみが山積みになっている=7日

 インド南部のケララ州コチ市郊外。IT企業151社の集積地「インフォパーク」からわずか1キロ先に、市が管理するブラマプラムごみ処理場があった。

 3年前に建設され、200万人が出すごみを1日300トン処理する。といっても焼却ではなく生ごみにEM菌を混ぜて肥料化する。隣接の埋め立て処分場はプラスチックごみで満杯だ。

 人口急増に追いつかないごみ処理の実態に、インド経済視察団に参加した産業廃棄物処理の三光(境港市)の三輪陽通社長は「うちの技術を生かせるかも」と商機を読み取った。政府開発援助(ODA)を活用し、廃プラスチックや紙くずを原料にした固形燃料製造システムの導入を考える。

進出模索する企業

 外務省や国際協力機構(JICA)は中小企業の海外展開を支援する事業メニューをそろえ、開発途上国での調査や実証実験に2千万〜1億円を補助する。

 水環境保全システム開発を手掛ける松江土建(松江市)の川上裕治社長は、水質保全の気液(きえき)溶解装置「WEP(ウェップ)システム」の導入に向け、インドの政府関係機関と調整を続ける。

 ケララでも松江発のプログラミング言語「Ruby(ルビー)」を使う企業は多い。IT企業のネットワーク応用通信研究所(松江市)の井上浩社長は公的支援制度を模索しながら、現地でのRuby技術者育成を思い描く。

ビジネス橋渡し約束

 インドとの事業はハードルも多い。世界銀行と国際金融公社が各国のビジネスのしやすさをランキングした「ドゥーイング・ビジネス2014年版」で、インドは190カ国中134位。96位の中国よりも下位だ。JICAインド事務所の市口知英次長は商習慣が地方ごとに異なり、契約不履行も目立つと指摘する。

 ただ、心強い味方もいる。日本語教育や技術セミナーを積極的に展開する「印日商工会ケララ」だ。日本が支援する海外技術者研修協会(現HIDA)の州出身卒業生を中心とした同窓会が母体。活動拠点の日本ケララセンターを訪問した視察団と、ビジネスの橋渡し役となる約束を交わした。

 センターでは、装飾を施したインド象の出迎えなど最高級の歓待を受けた。視察団団長の1人で中海・宍道湖・大山ブロック経済協議会の古瀬誠会長(松江商工会議所会頭)は「われわれに追い風が吹いている」と手応えを感じ取った。


 【クリック】 ケララ州のIT産業 ケララ州はニューデリーなどの大都市と比べ、操業コストが低く、労働者の転職率も低いことからIT関連企業の進出が盛んだ。州は州都ティルバナンタプラム、コチ、コージコーテの3市にIT企業の集積拠点を設置。免税措置などが受けられる経済特区も設け、企業進出の環境を整えている。

(4) 相互理解  企業進出の足掛かり

 「水の都」と呼ばれるインド南部のケララ州は、580キロに及ぶ海岸線に、川や運河が無数に入り組む。バックウオーターと呼ばれる入り海にはヤシやバナナ、ゴムの木々が生い茂る。

 水郷地帯をめぐるクルーズは南国情緒豊かなケララ観光の目玉。客が乗るのは台所や寝室を備えた伝統的な木造のハウスボートだ。

 「水上ホテルとして宍道湖で応用できるんじゃないか」。視察団団長の1人で中海・宍道湖・大山ブロック経済協議会の古瀬誠会長(松江商工会議所会頭)はひざを打った。

「水の都」と呼ばれるインド・ケララ州で、水郷地帯を遊覧する木造のハウスボート=7日

日本語ガイド不足

 観光業はケララ州の主要産業の一つだ。欧州がターゲットだが、近年はアジアにも傾注。視察団は州政府との会談で、ツアーガイド養成のため日本語教育への協力を求められた。

 約5千年の歴史があり、世界保健機関(WHO)も推奨する伝承医学「アーユルベーダ」も重要な観光資源で国内外からの医療ツーリズムを呼び込む。視察団は州政府認定の施設で、自然治癒力を高めるための食事やオイルマッサージ、ヨガなどの現場を見学した。

 州内で医療ツアー会社を経営する真美・デービスさんによると、東京電力福島第1原発事故後、アーユルべーダについて日本からの問い合わせや来訪者が急増。ここでも日本語ガイド不足が課題になっている。

人材交流具体化へ

 ケララ州は、水と緑の豊かな自然に恵まれ「神に抱かれた国」とも称される。アーユルベーダをはじめさまざまな文化遺産も大切に守り続ける。例えばコチ市の水辺。マカオ伝来とされる独特の伝統漁法が残り、10メートル四方の大きな網が並ぶ独特の景観を形成する。

 一方で、コチ市郊外のIT企業が集積するインフォパーク周辺は新たな開発が進む。出雲市の長岡秀人市長は遅れたインフラの整備が進む様子を見ながら「守るべきものを守りながら、開発することが最大の課題」と指摘。開発と文化保護のバランスをとるため、日本から協力できる糸口はないか思いを巡らす。

 インドでのビジネスは、その難しさから「あわてず、あせらず、あきらめず」が鉄則という。圏域市長会はまず、人材交流の具体化を進める方針だ。直接触れ合う中で互いの文化や価値観を理解し合うことこそ、視察団が最終目標とするインドへの企業進出への、大きな足掛かりとなる。

  =おわり=