中海・宍道湖・大山圏域官民が覚書調印

インド・ケララ州との経済交流拡大へ     (2016/1/26)

コチの市街地の道路を埋める小型車やバイク。高層ビルも増えている

 著しい経済発展を遂げ、「BRICs」との総称で世界が注目する4カ国の一つ、インド。山陰両県から注がれる視線は今年、一層熱くなる。両県にまたがる中海・宍道湖・大山圏域市長会(会長・松浦正敬松江市長)と、中海・宍道湖・大山ブロック経済協議会(会長・古瀬誠松江商工会議所会頭)が昨年12月11日、それぞれインド南部ケララ州の政府と、商工団体である印日商工会議所ケララ(INJACK)との間で、経済交流の拡大を目指す覚書に調印。県境を越えた枠組みによる「官民セット」の地方間交流で、企業進出や投資、人材の呼び込みを目指す先駆的な取り組みがスタートする。


15年12月、現地で覚書調印県境越えた取り組み 全国初

官民トップ調印に「意義」

経済協力拡大の覚書に調印した(左から)INJACKのバラクリシュナ会長、ケララ州政府のクリアン主席次官、1人置いて松浦正敬市長、古瀬誠会長=2015年12月11日、インド・ニューデリー

 12月11日、インドの首都ニューデリー市内のホテル。

 ケララ州政府のクリアン主席次官、INJACKのバラクリシュナ会長とそれぞれ覚書を交わした松浦正敬市長、古瀬誠会長は、調印後の記念撮影で表情を緩めた。翌12日には同国のモディ首相と、同じ時期に訪印していた安倍晋三首相に調印を報告。「感無量だ。これからも圏域の官民が連携しながら歩みを進めたい」。松浦市長は言葉に力を込めた。

 インド哲学・仏教学者で松江市名誉市民の故中村元氏を顕彰する中村元記念館が松江市八束町に開館したのをきっかけに、中海・宍道湖・大山圏域の経済人らが山陰インド協会(会長・山根常正山陰中央新報社会長)を2013年6月に結成し、インドとの交流を探って2年半。一つの具体的な成果として結実した。

 調印に同行した日本貿易振興機構(ジェトロ)松江貿易情報センター(松江市学園南1丁目)の清川裕志所長によると、県境をまたぐ自治体の共同体がインドの州政府とこうした覚書を交わすのは全国初という。直接のきっかけは、中海・宍道湖・大山圏域市長会と中海・宍道湖・大山ブロック経済協議会、山陰インド協会の3団体合同による視察団が14年11月、ケララ州を訪れ、交流促進で州側と一致したことだった。

 経済成長を続けるインド。14年度の実質経済成長率は7・3%で、15年度も7%台は確実だ。人口は世界第2位の約12億8千万人、しかも若年層ほど多く、きれいな三角形の年齢構成ピラミッドを描く。

 ジェトロによると、14年10月時点でインドに進出している日系企業は前年同期比13%増の1209社で、近年2桁の伸びを続けている。ジェトロが15年に実施した調査では、インドの日系企業の16年の業況見通しのDI値(業績見通しが「改善する」と答えた企業の割合から「悪化する」と答えた企業の割合を差し引いた値)はプラス61・2と、15年の32・9から急激に上昇している。

 ただし、ネックとなるのが複雑な国情だ。29の州や七つの連邦直轄領で法律や税制が異なり、地方政府の権限が強い。だからこそ州の官民トップとの調印には「意義がある」と清川所長は強調する。

立ちはだかる実情の違い

未分別のごみが高く積み上がるコチ市内の処分場。経済発展に環境対応が伴っていない=2015年10月

 調印から1カ月ほどたった今月17日。総合リサイクル業、三光(株)(境港市昭和町)の三輪陽通社長=山陰インド協会常任理事=がケララ州最大の都市、コチ市へ向けて出発した。生ごみを有機肥料に変えるプラントの実証試験のため、現地との調整を図るのが目的だ。

 政府開発援助(ODA)を活用した、国際協力機構(JICA)の中小企業海外展開支援事業の一環。試験用プラントの用地選定を進めるほか、ごみの分別促進に州や市、NGO、住民の協力が得られるか、関係先から情報収集する。行政への申請のめどを付けるため、プラントの設置、運営に向けて現地の環境基準や環境関連の法律、制度も精査する。

 今回のコチ市入りには、中海・宍道湖・大山ブロック経済協議会が覚書を交わしたINJACKが全面的に協力し、コーディネート役を務める。三輪社長は「覚書で向こう(ケララ側)の目の色が変わってきている」と効果を実感している。

 三光が目指すような環境ビジネスは、十分な需要があるようにみえる。インドは今、公害が社会問題化し始めた日本の1970年代と似た状況。経済発展の陰で、河川の水質など環境汚染が深刻だ。

 しかし事業化への道のりは、そう単純な話ではない。「ごみにお金を払うという発想がない」と三輪社長。廃棄物分別や循環型社会への意識が乏しいお国事情≠ェ立ちはだかる。

 インドの別の州で水環境保全システムの導入検証に取り組む松江土建(株)(松江市学園南2丁目)の坂本勝弘環境部長も「下水処理はされず、生活排水もそのまま流すような状況。想像していた以上に、現地の実情に合わせないとビジネス展開は厳しい」と説明する。

 仮に三光が生ごみを有機肥料に変えるプラントを稼働させても、収入源は有機肥料の販売だけになりかねない。三輪社長は日本型の「総合リサイクル事業」が受け入れられるか、今回の訪問を生かして検討するつもりだ。

           

優秀なIT人材獲得にも期待

ルビーが突破口になる

ケララ州内で州政府関係者と会談する3団体合同の視察団左。交流促進で合意し、覚書調印につながった=2014年11月

 そうした中、経済連携の有力な分野と見込まれるのがIT産業だ。

 覚書調印のきっかけとなった14年11月の3団体合同視察の一環で、一行はコチ市郊外にあるIT企業約150社の集積地「インフォパーク」に立ち寄った。山陰インド協会の一員として参加した(株)ネットワーク応用通信研究所(松江市学園南2丁目)の井上浩社長が、松江発のプログラミング言語「Ruby」をテーマに講演したところ、降壇後、強い関心を寄せる現地の企業関係者に取り囲まれた。「ルビーが突破口になる」。井上社長は確信した。

 1991年の経済危機後の改革で、英語力や理数系の素養、人件費の安さなどを武器にソフトウエア開発のアウトソーシング事業を海外から取り込み、「IT先進国」となったインド。中でも識字率が100%近いなど教育水準が他州より高いケララ州にはIT企業が集積するが、工科系学生の増加に伴い、就職先の確保が必要になっている。一方の中海・宍道湖・大山圏域ではIT技術者が不足しており、双方の課題解決に向けたマッチングが期待される。

 具体的な協議も進む。昨年11月、INJACK幹部は訪れた松江市で、ルビーの技術者を育てる「国際研修センター」をケララ州内に開設する方針を明らかにした。

 今年3月にケララ州で開催される国際会議「ルビーカンファレンスインド2016」には開発者まつもとゆきひろ氏が招待され、ルビーの将来性などをテーマに基調講演する。まつもと氏がインドで演台に立つのは初めてだ。

 「交流の継続がさらなる広がりを生み、イノベーションを起こすはず」と井上社長は期待する。

 境港を中心とする水産技術や、圏域の企業が持つ食品製造加工のノウハウなどにも強い関心が寄せられている。覚書を最大限に生かしながら、企業進出や人材招致といった「最終目的」に向け、地道に糸口を探る取り組みが求められる。

 【メ モ】 ケララ州は人口3339万人で、面積は日本の10分の1の約4万平方キロメートル。最大都市のコチ市には62万人が暮らし、周辺を含めた圏域人口は211万人。州の人口の6割以上が農業に従事するが、観光地として人気があり、漁業やIT産業も盛んであることなど中海・宍道湖・大山圏域と共通点が多い。教育や医療水準はインドの他州より高く、治安も良いとされる。

中海・宍道湖・大山ブロック経済協議会 古瀬誠会長に聞く

環境、食品、ITなど有望分野多い    (2016/1/26)

インド市場参入に向けた環境整備の重要性を説く古瀬誠会長=松江市内

 中海・宍道湖・大山ブロック経済協議会の古瀬誠会長に、ケララ州との経済交流への意義や展望を聞いた。

 ─覚書調印の意義をどう考えるか。

「ケララ州との交流は主に、JICAの支援を受け、環境分野で日本の技術を移転するための調査事 業から進めているが、本格的に事業化すれば交渉相手は州や市になる。将来、円借款で資金供与し、整備を進めることも見込まれ、行政同士が結び付かないとうまくいかない。民間同士に加え、官同士で調印した意義は大きい」  「インドは国と州で別個の規制があり、ダブルスタンダードで進出企業を悩ませている。州と親しくなるとその課題解消もスムーズにいく。日印は国同士の関係は良好だが地域同士の交流は少ない。信頼の基盤を固め、圏域の企業がインド市場に自由に出入りできる環境をつくっていきたい」

─インド市場の魅力と課題は。

 「魅力は人口と人口構成だ。人口はいずれ中国を超え、世界一になる。しかも若年層ほど多く、まだまだ経済成長が見込まれる極めて有望な市場だ。英語圏で親日国であることもプラスだ。課題は、まだ市場が成熟しておらず、開放されていないこと。ダブルスタンダードの問題もあり、収益が出るまで期間がかかり過ぎることが進出企業の悩みになっている。だがモディ首相は開放政策をとっていく姿勢で、市場が成熟する前に密接な関係を州とつくっておけば、大きなアドバンテージになる」

─ODAを活用し、環境インフラの試験導入を先行実施している。本格導入の可能性はあるか。

 「大いにある。2014年の視察の際、タイヤとプラスチックごみなどが大量放置され、処理できていない現場を目の当たりにした。現地で必要とされる技術で、本格導入になる可能性は極めて高い。環境のほか、食品製造加工での技術協力も16年中に具体化し、実践していく。魚市場の整備にも境港のノウハウが活用できそうで、協力できることはたくさんある」

─IT分野での交流も期待される。

 「インドはIT先進国。世界でシステム構築をしているのはほとんどインド人だ。片や日本のIT企業はシステムエンジニア(SE)の不足が悩み。ケララ州ではルビーの研修センターをつくる動きがあり、この交流を軸にインドからSEを呼び寄せたい。15年は現地のIT企業の関係者を呼び、ソフトビジネスパーク島根を見学してもらった。16年はSEを招く研修事業を本格化させる。将来的にはインドからSEを供給してもらい、インドの有力企業と国内大手の合弁などの形で、この圏域に世界を相手にできるIT企業を立地させたい」