動きだすインド交流 〜経済視察団同行ルポ
(1) 中間層増え内需急拡大 電機、環境サービス業 進出企業も多様に
マイカー保有者が増え、慢性的に交通渋滞が発生する市街地。経済成長に、インフラ整備が追いついていない実態を表している=ニューデリー

 首都ニューデリーの道路は小型車や三輪のオートリクシャー、バイクで埋め尽くされていた。朝夕の通勤時間帯を中心にした交通渋滞は慢性的に発生している。

 インド経済は2003年度から10年度にかけて、年平均8・6%のGDP(国内総生産)成長率を記録。マイカーに手が届くとされる世帯年収が5千〜3万5千米ドル(約50万〜350万円)の中間層が拡大した。渋滞は経済成長にインフラ整備が追い付いていないことを露呈した風景でもある。

 渋滞を緩和するため、地下鉄の整備も急務。日本企業も参画しており、街中に「デリーメトロ」と記された工事看板が立ち並ぶ。
 市街地のバザール(市場)では平日にもかかわらず、人がすれ違うのも一苦労の混雑ぶり。衣類や果物を買い求める家族連れでごった返す。

25年に人口世界一

 「インドの内需は底堅く、中長期的に見ても魅力があるマーケットだ」
 在インド日本大使館で視察団を出迎えた塚田玉樹経済公使が、勢いを増すインド経済情勢を展望し、こう続けた。

 インドの人口は抑制政策を取っていないことから、25年には中国を抜き、世界第1位に躍り出る。旺盛な内需に支えられ、10年に2億4千万人だった中間層が30年には8億人にまで拡大するとみられている。

 欧米経済の減速のあおりを受け、GDP成長率が11年には6・2%、12年は5・0%にとどまったが、25歳以下の比率が50%以上を占めるという人口ピラミッド構造を描くという。「市場は今後も拡大する」。塚田公使の解説もまた、力強かった。

インフラに脆弱さ

 ただ、慢性的な交通渋滞に象徴されるように、物流や電力、上下水道といったインフラの脆弱(ぜいじゃく)さに課題を抱える。

 「今後増える若年層の就業機会がきちんと確保できるかもリスク要因だ」。日本貿易振興機構(ジェトロ)ニューデリー事務所で野口直良所長が指摘した。

 日本を含めた海外からの参入や投資を積極的に求めているインドの国情に触れた上で、「日本企業にもチャンスがある」と視察団にハッパをかけた。

変化の真っただ中

 日本の進出企業は12年10月現在で926社。進出のペースは加速し、自動車関連偏重から電機、環境技術、サービス業など業種の広がりも見られ始めている。

 郊外には高層マンションや海外ブランドの入った大型ショッピングモールが姿を現す一方で、市中には物乞いの人々も散見される混沌(こんとん)の大国。インドは、成長に向けた発展と変化の真っただ中にあり、底知れぬ姿を見せていた。

(2) 参入の可能性  潜在力大きく魅力の市場
ニホンテクノロジーの幹部(左)らと、ITビジネスの連携策を協議するネットワーク応用通信研究所の井上浩社長(右)=タミルナドゥ州・チェンナイ、ニホンテクノロジー

 富裕層向けに売られる中国製のマッサージチェアが並ぶニューデリーの高級ショッピングセンター。売り場には、製品を食い入るように見つめるファミリーイナダ(大阪市)の稲田壮秀取締役の姿があった。

 マッサージチェア製造大手の同社は、鳥取県大山町に主力工場を構え、中国や韓国、欧米などにも輸出。未開の地、インドの可能性を探るため、視察団に加わった。

 視察に合わせて調査した結果、インドでのマッサージチェアの需要は、中間層まではないものの、富裕層にはあることが分かった。

 市場を独占している中国製の価格は割高で、食い込む余地はあるとみて、視察中、富裕層に絞り販売する代理店と商社と計3件の商談を行った。

 うち2件で見積もりの提示にこぎつけた。「上々の結果。今後も精力的にアプローチしたい」。稲田取締役は手応えを感じた。

人脈の活用が有効

 インドは国土が日本の9倍と広く、七つの連邦直轄領と28ある州ごとに言語や法律、税制、商習慣が異なる。地方政府の権限が強く、地場企業との競合などを加味するとされる。一つの国ではあるが、EUや東南アジア諸国連合(ASEAN)のように多様性があり、難解な市場だ。

 手間とコストがかかる投資環境のため、事業が軌道に乗るまでに時間がかかる。

 日本貿易振興機構(ジェトロ)の調査によると、ASEANでは進出後3〜5年で大半が黒字を達成するが、インドでは5〜10年かかるのが通例という。

 その分、先行者利益は大きく、調査分析した上で、攻める州や所得層といった照準の絞り込みが必要という。

 そのためには人脈の活用が有効。稲田取締役も今回、山陰インド協会の会員で、旅行業や経営コンサルのアサヒトラベルサービス(東京都)を経営するインド人のマルカス社長のつながりを生かした。

Rubyを糸口に

 IT企業、ネットワーク応用通信研究所(松江市)の井上浩社長もIT業界の人脈をたどり、松江発のプログラミング言語「Ruby(ルビー)」を糸口に商機を探った。

 IT産業が集積するインド南部のタミルナドゥ州・チェンナイに本社を置き、ルビーの採用を始めたニホンテクノロジーとセディンテクノロジースの幹部と相次いで面会した。

 日系企業のシステムを英語版や現地の言語に組み換えるサービスの提供などを展開しているとの説明を受け、井上社長は「山陰のIT企業が開発したシステムやソフトを海外に販売するための協力をしてほしい」と要請。ルビーを世界的に広げるための連携を呼び掛けたのに対し、前向きな返答を得た。

「やりがいある」の声

 視察団では、水環境保全システム開発の松江土建(松江市)や、産業廃棄物処理の三光(境港市)も現地企業と個別に商談。環境技術に関心がある感触をつかんだ。

 経済交流が現実味を帯び、視察団のメンバーから「難解で一筋縄ではいかないが、潜在力は大きい市場。やりがいがある」との声が上がった。

(3) 交流の行方  「産学官」が連携し前進を

  「この就業体験制度は良い制度だ」

 視察団が訪れたIT企業、ニホンテクノロジー(タミルナドゥ州・チェンナイ)で説明を受けた島根大学の小林祥泰学長は、案内パンフレットに興味深そうに目をやった。

 就業体験制度は大手旅行会社のJTBと連携した事業で、ニホンテクノロジーなどの現地企業が日本人学生を受け入れ、インドの文化や暮らしが体験できる仕組み。ビジネス英会話も習得が可能だ。

 島根大は今回の視察に合わせ、インド南部のカルナータカ州・バンガロールにあるインド科学大学との協定を締結。研究だけでなく、日印での学生間の交流も活発化させたいと思っていたところであり、制度の存在はまさに渡りに船だった。

 「山陰とインドとの人的交流を促進したい」。小林学長が意欲をにじませた。

視察団との懇親会でインドの情勢について話すゼンリンの二宮祐インド支店長。9人の山陰両県出身者が、団員と親睦を深めた=ニューデリー
3Aがキーワード

 視察団はニューデリーで、インド在住の山陰両県出身者との懇親会も開催した。招いたのは、重工大手や商社、メガバンクの現地事務所トップら9人。

 このうち、建機メーカー、コベルコクレーン(東京都)の現地法人の泉信介社長=松江市出身=は「インドは発展していくのは確実」と太鼓判を押し、地図情報大手・ゼンリン(北九州市)の二宮祐インド支店長=境港市出身=は「インドは、あわてず、あせらず、あきらめずの(頭文字をとった)3Aがキーワード」と助言した。

 実務経験を踏まえた言葉に団員は勇気づけられ、9人とは今後も連携していくことを約束。力強い「応援団」を得た。

8日間で数々の種

 在インド日本大使館や日本貿易振興機構(ジェトロ)ニューデリー事務所、インド政府の商工、外務、観光3省などの訪問を通じ、山陰両県とインドの都市間友好提携についても議論の俎上(そじょう)に載った。

 日中間の姉妹・友好都市の提携件数が349件なのに対し、日印間は6件しかない。インドは日本にとってはまだまだ“遠い国”だ。

 団員は交流拡大の突破口にすべく、ともに湖を抱え「水の都」と称される松江市とケララ州など、提携の可能性を調査。引き続き検討することにした。

 視察団は、山陰両県の企業が現地で事業展開するには、豊富な人的ネットワークが不可欠と実感。8日間でまいた数々の交流の種を実らせ、今後も広げていく考えだ。

盛り上がる機運

 日印は昨年、国交樹立60周年を迎えた。それを記念し、30日からは天皇皇后両陛下が即位後初めてとなる公式訪問を予定。来年1月下旬には安倍晋三首相の訪印も確実視されており、交流拡大に向けた機運の盛り上がりも予想される。

 帰路の途中、副団長を務めた細田重雄・島根県日印友好交流推進議員連盟会長は、今回の視察を振り返り力強く語った。

 「山陰にとってインドを『近い国』にするため、産学官が手を取り合い、交流を前に進めていく」
(4) 手応えや今後の展開 古瀬団長に聞く   人的な交流の拡大に弾み
視察を終え、今後の山陰両県とインドの経済交流について展望する古瀬誠団長=ニューデリー、インディラ・ガンディー国際空港

  山陰両県の産学官で組織する「山陰インド協会」が経済視察団を組み、2日から8日間の日程で行った初の訪印。インドの経済団体幹部との意見交換や、参加企業の現地での商談などを通じ、対印ビジネスの糸口を探った。近く、商談したインドの企業が団員の企業を訪問する予定も入り、相互交流に向けた成果も得られた。団長を務めた古瀬誠同協会名誉会長に、手応えや今後の展開について聞いた。

 −政治経済の中心地・ニューデリーから、南部のチェンナイに移動しての視察となった。

 「2カ所を見ただけでも地域ごとに言語や宗教、文化、習慣、規制が異なり、まさに多様性の国と感じた。それぞれに雰囲気も違って懐が深く、(インド哲学・仏教学者で松江市名誉市民の)中村元先生がインドを愛された理由も分かった」

 −ビジネス環境についてはどう感じたか。

 「地方政府の権限が強く、進出にあたっては地場企業との兼ね合いも勘案されると聞いた。複雑で誰もが成功するという状況にはない。ただ、中間層の増加に伴い市場の拡大が見込まれ、将来有望で底知れぬ国。できるだけ早くから交流し、参入のチャンスをうかがうべきだ」

 −在インド日本大使館や現地で活躍する山陰両県出身者とも交流し、人脈も広がった。

 「海外技術者研修協会インド同窓会という面白い組織に出会えたのも印象的だった。日本で研修し、帰国したインド人の集まりで、日本企業の進出などの橋渡し役を果たしている。応援団がたくさんできた。また、島根大がインド科学大学と交流協定を結ぶという具体的な成果もあり、人的交流の拡大に弾みがついた」

 −インド商工会議所連合会(FICCI)とつながりができたのも大きいのでは。

 「視察に合わせ、現地の企業や商社と商談を重ね、好感触を得た参加企業もあった。マッサージチェア販売やIT、環境分野など、山陰の企業にもチャンスはありそうだ。FICCIとの連携のほか、ODA(政府開発援助)を活用した事業展開も考えられ、実施機関の国際協力機構(JICA)とも連絡を密にしたい」

 −インドに進出した日本企業は大企業が85%と圧倒的。中小企業の事例は少なく、タフな挑戦となる。

 「それだけに、山陰から飛び込もうという企業のための環境づくりが一層求められる。山陰インド協会の役目はネットワークをどんどんつくり、広げること。総合的に有意義な訪問となった今回を次回の交流につなげ、地元企業発展のための力になりたい」

     =おわり=