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石見銀山遺跡の世界遺産登録を約1年半後に控え、その意義や、保存、活用などについて論議が交わされた石見銀山シンポジウム「世界遺産登録と地域の将来像」=大田市大田町、あすてらす

 
藤岡 大拙氏島根県立島根女子短期大学名誉教授・藤岡 大拙氏
 ふじおか だいせつ・1932年、島根県斐川町生まれ。京都大学大学院文学研究科修了後、58年から県立高校教諭、県立図書館課長を経て、88年県立島根女子短大教授、97年から同学長、2005年から同名誉教授。1989年から2005年3月まで県立八雲立つ風土記の丘所長。05年から荒神谷博物館館長。著書に「島根地方史論攷」「出雲人」など多数。


大石 久和氏(財)国土技術研究センター理事長・大石 久和氏
 おおいし ひさかず・1945年、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了後、70年に建設省(現国土交通省)に入省。大臣官房技術審議官、道路局長、国土交通省技監などを歴任し、2004年7月(財)国土技術研究センター理事長、同年10月早稲田大学大学院公共経営研究科客員教授(兼務)、05年2月東京大学大学院情報学環教授(兼務)。


竹腰 創一氏大田市長・竹腰 創一氏
 たけごし そういち・1949年、大田市出身。東京教育大学体育学部卒業。90年から95年まで大田市議会議員。同年から県議会議員を2期務め、総務委員長などを歴任した後、昨年10月、合併に伴う新大田市長選に当選。元島根大田青年会議所理事長。


中村 啓子氏中村ブレイス(株)東京事務所長代行・中村 啓子氏
 なかむら ひろこ・1967年、名古屋市生まれ。日本経済短期大学を卒業後、88年に富士通多摩システムに入社。2002年、中村ブレイス(本社・大田市大森町)に入社、現在同社東京事務所長代行。同社社長中村俊郎氏の姪。


小川 雅代氏古民家カフェバー「路庵(ろあん)」経営・小川 雅代氏
 おがわ まさよ・1975年、名古屋市生まれ。立命館大学卒。地域活性化を考える住民団体「”しまねの真ん中”未来を描く会」副代表を務める夫の小川知興氏とともに、大田市温泉津町で、スーパーや古民家カフェバー「路庵(ろあん)」などを経営。


松本 英史コーディネーター
山陰中央新報社 論説主幹
松本 英史

 
 松本 今日は、世界遺産登録をスタート台とし、将来に向けて石見銀山遺跡をどう保存、整備すべきかを中心に話し合いたい。まず、世界遺産登録に向けた期待から。

 小川 温泉津町も新大田市と合併したので、仁摩や大森との交流もより親密にし、一緒に世界遺産・石見銀山を盛り立てたい。世界遺産登録をきっかけに過疎化に歯止めがかかり街に活気が戻ることを期待している。

 中村 父も伯父(中村俊郎氏)も大森出身のため石見銀山は子どものころから楽しい思い出がある。それが世界遺産に登録されることを、とても誇らしい気持ちでいる。

 竹腰 松本清張や斎藤吉見が小説で描いたように、石見銀山の初代代官大久保長安は謎に満ちた人物で、石見銀山には日本の歴史に影響を及ぼした数々のドラマが埋もれている。世界遺産登録を機に、そういう石見銀山の魅力を感じられる仕掛けを工夫できればと思っている。

 藤岡 大田市民、ひいては島根県民、日本国民にとって大変な誇りになることに意義があると考える。これで自信を得て町づくりにまい進できるはずだ。

 大石 一番のポイントは「今ある世界遺産石見銀山とともにいる誇り」をどうやって共有できるか、そのための環境整備をどう整えるかだ。ほかの世界遺産との競争に打ち勝つだけの気概を支えるのは、その誇りにほかならない。

    ◇   ◇

 松本 世界遺産登録に向けて地元では既に、市民の地域活動が活発になっている。

 小川 夫が参加している温泉津町の「しまねの“真ん中”未来を描く会」は、魅力マップを作り、魅力スポットや魅力ルートを検討している。「温泉津ものづくりネットワーク」では、温泉街に観光客の足元を照らす低い街灯を設置した。大学生との交流やNPO法人石見ものづくり工房の創作活動、雇用創出事業にも取り組み、世界へ発信できる商品やアイデアを模索している。

 中村 東京ではまだ石見銀山のことを見聞きする機会は少ない。地元でも数年前、同窓会に出席した父が石見銀山の話題があまり出なかったと残念がっていた。伯父は、会社の封筒や名刺に「石見銀山」と印刷するなど何とかPRしようとしている。

 松本 世界遺産に登録されると地域一帯に網がかかり、住民の生活が規制されるという面もある。それに配慮しながら「守る」と「生かす」ということを考えなければならないと思う。まず「守る」視点からはどういう点に留意すべきだろうか。

 藤岡 バッファゾーン(遺跡周辺の景観を守るための緩衝地域)も合わせると約3660ヘクタールもの地域に世界遺産の網がかかり、その中で暮らす人の生活をある程度規制することになる。これは大変難しい問題だが、地域の人たちが世界遺産登録を機会にさらに石見銀山を愛し、誇りに思って「石見銀山はわれわれだけのものではない。大切にしなくてはならない」という意識を高めてもらうことが非常に大事だろう。それが前提になければ、どんな計画でも十分には効果を上げない。

 松本 「生かす」という視点ではどうだろう。

 竹腰 「守る」ことが「生かす」ことにつながり、その逆もあると思う。「守る」ということでは当然、住民の生活をしっかり守り、遺跡をきちんと保存しなければならない。そのためには各種調査が必要で、特に広大な石見銀山遺跡の場合は大変な人手と時間を要する。しかし、調査は地道にやってこそ長い間の保存やよりよい整備につながる。それがひいては世界遺産としての本質的価値を高め、さらに観光資源としての価値も高める。

 また石見銀山遺跡には、世界遺産であることが一目で分かるような建造物がなく、来訪者には説明しないと分からない。しかし、説明が必要なところに石見銀山の魅力があるのではないか。石見銀山には、銀争奪の歴史や鉱山都市の盛衰、大久保長安ゆかりの「大久保間歩」など素材が豊かで、それを来訪者に体感させるような工夫が必要だ。そういうことが観光資源としての価値を高め「生かす」ことにつながると思っている。

 大石 世界遺産を看板に掲げて戦うには、世界のトップレベルのものを見てきた人々を感激させる力がなければならない。そのためには住民だけでなく「官」「産」「学」全部の連携が欠かせない。ドイツの「ルール炭田」を再開発している「エムシャーパーク」のように、石見銀山も完成した姿ではなく、来るたびに変化している姿を見てもらうという考え方をするといいのではないか。

    ◇   ◇

 松本 石見銀山遺跡の特長や魅力をどう考え、どのように生かしていけばよいのだろうか。

 藤岡 継続の景観や残存の景観が世界遺産登録の条件。ただ、これは西洋人の一つの価値基準で、東洋人には分かりにくい面がある。

 一方、日本人が考える石見銀山遺跡の魅力もある。その一つは、鉱山は普通、過重労働や、崩落や爆発の危険、鉱山病という病苦、さらに近世では罪人の強制労働など、非常に暗いイメージを持っているが、石見銀山にはそれがほとんどない。これは声を大にして言うべきだ。

 しかし、大変な労働であったことは間違いない。そういう人たちの血と涙の努力によって石見銀山ができ、輝かしい世界的なものになったわけで、それを思い、誇りとしたい。そういう心を持てば石見銀山を世界に打ち出すのに必要な、精神的グルント(基礎)はできるはずだ。

 小川 温泉津町も大森町に続いて重要伝統的建造物群保存地区の指定を受けた。生活が不便になる部分もあり、当初は賛成意見ばかりではなかった。観光客が増加し、地域が変わるのは当然だが、地域に暮らす住民にとっても良い変化となるように、行政と民間が一緒に検討すべきだと思う。案内施設やトイレ、駐車場、アクセス道など最低限の設備を整備することも大切な課題だ。

 中村 東京から大森に来て、古い静かな街並みを歩きながら、400年前のにぎやかな様子を想像したり、まだ何か隠れているんじゃないか、というような神秘的な雰囲気を楽しんでいる。歴史を肌で感じられる、というのが魅力的だ。

    ◇   ◇

 松本 インフラ整備の課題は多い。「世界遺産登録に間に合うのか」と心配する声も出ている。

 竹腰 おっしゃる通りだ。高速自動車道路もまだ時間がかかり、その他の幹線道路も整備が必要。それらを含め総合的に点検し、関係機関に働き掛けながら、大田市としての取り組みも必要だ。拠点施設も素晴らしいものを作りたいのだが、残念ながら財政問題がある。知恵を出し、PFIなど民間活力の導入も検討したい。

 藤岡 荒神谷博物館の場合、建物全体が約7億円で、その半分約3億5000万円は町民を中心にした、全くボランタリーな寄付金だった。残りの3億5000万円は地域総合整備債でカバーされ、建物自体には町や県の財政支援はほとんどない。住民の意識も高まり、一つの良い方法だろう。

 大石 石見銀山にとって必要なインフラはいくつもある。高速道路もつながっておらず、鉄道も本線といいながら単線。それらの整備も必要だが、わたしはユビキタス・コンピューティングを導入してはどうかと思っている。

 それは、インターネットや携帯端末を使った装置で、日本語の分からない外国人や、行動が不自由な障害者を案内するのに非常に便利だ。わが国ではまだ本格導入されていないが、それをこの地域で実証実験し技術改良していけたら大変おもしろい。ケーブル電話がなかった中国で携帯電話が急速に普及したように、外国人との間に大きな言葉の壁があるわが国が、携帯端末に通訳機能が入る最初の国になる可能性は十分ある。

    ◇   ◇

 松本 最後に、それぞれ言い足りなかったことをお願いしたい。

 中村 東京でも島根県や石見銀山の話をすることがある。皆さんが興味を持って聞かれ、実際に島根へ観光に出掛けた方もいる。そうした口コミのPRの大切さを感じている。

 松本 大石さんが「日本人の観光は周遊型」と話された。石見銀山遺跡と広島の原爆ドームなどの世界遺産との広域連携や、国内の銀山同士の情報の相互発信などは考えられないだろうか。

 竹腰 大変いいご提案だと思う。県内でも、目的を定めた一つの広域観光ルートとして、石見銀山の銀と安来市と奥出雲町の鉄、荒神谷遺跡の青銅器の銅を合わせて「銀が鉄銅(銀河鉄道)ルート」と言う人がいた。これも相乗効果も期待できて面白い。

 小川 皆さんのお話を聞き、大事なことは「保存と開発」「生活と観光や商売」をどう両立させるかだと思った。行政と住民の共同作業で、地域の良さを守りつつ、世界に最大限PRする方法を考えていく必要があると思う。

 藤岡 竹腰市長が言われた「銀が鉄銅ルート」構想は、荒神谷博物館館長の立場からは大賛成。また、世界遺産に登録されると観光客がどっと来ると思うが、ごみなどの“公害”の処理が受け入れ側だけでできるのか心配だ。また石見銀山遺跡が将来、銀鉱山のあらゆる資料のメッカのような情報センターになれないかという期待も持っている。さらにガイダンス施設で一番観光客を引き付けるのは「映像」であり、当時の様子が十分程度の短時間で映像化できれば、素晴らしいと思う。

 大石 かつてアメリカと戦争をした時「(敵国の)英語を使わないようにしよう」という運動をしたように、日本人の発想は閉じこもりがちだ。特に今、「財政が厳しいから」という理由で、公共工事縮小ばかりが議論されている。逆にアメリカや中国、韓国などが各種交通インフラを積極的に整備していることは伝えられていない。次の世代のために何を残せばいいかという議論はしない方がいい、というような雰囲気になっている。それでは後世の後輩たちから非難されても仕方がない。

 松本 今日は、非常に貴重なご意見を数多くいただき、会場の皆さんの胸にはそれぞれ、いろんなキーワードが浮かんでいると思う。こういう厳しい時だからこそ、官も民も学も一緒になり、誇りを持って明るく攻め、変化し続けることが大事だと感じた。

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