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| 創作能「石見銀山」の一場面 |
和上豊子(石見銀山ガイドの会)
来る十一日、創作能「石見銀山」が大田市民会館で催される。昨年九月の松江市での初演に続く二回目の公演である。世界遺産登録が決定した余韻のさめやらぬ今、地元大田での上演は実にうれしいことである。
昨年の舞台を見た印象を思い出す。能といえば日本の伝統芸能の一つで難解なイメージがあるが、「石見銀山」は比較的平易なストーリーの中に、なじみ深い地名が次々と登場し親しみやすい。
あらすじはこうだ。
筑紫から船ではるばるやってきた旅人が、仁万の里を経て銀山に着く。そこへ登場した由緒ありげな老夫婦に「ここが仙ノ山」と案内されながら銀山を巡る。
ここで間(あい)狂言が入り、鉱山を見回る地役人と、昼寝をした罰で残業させられている鉱夫が登場。地役人が神屋寿禎の銀山発見から灰吹法の導入、紅毛碧眼(ヨーロッパ人)との出会いを軽妙な語り口で話して聞かせる。
間狂言が退場すると、前場の旅人が登場。そこに再び現れた老夫婦、実は老人は銀の精の化身であり、うばは佐毘売山(さひめやま)神社の神の化身であった。
「のむとも尽きぬ泉にて。掘れどもつきぬ白銀の、精霊ここにあらわれて」。銀山の盛栄をことほぐ地謡の高らかな節回しと囃子(はやし)につれて佐毘売神と銀の精の舞が繰り広げられ、舞台はクライマックスを迎える。白と黒と銀色の幽玄極まる世界であった。
能に佐毘売山の神が登場するのは興味深い。佐毘売山神社は鉱山の神を祭る石見銀山最大の神社で銀山に生きる人々の心のよりどころだった。江戸時代を通じ正月十一日に奉行や役人、山師が勢ぞろいして参拝した。その祭事はユニークで、鞆ケ浦から海水と塩サバと海藻を持ち帰って供え、海藻を社殿の扉にかけ酒を注いだ。つまり塩気による扉の「腐り(くさり)」と「鏈(くさり=鉱脈)」を掛け盛山を祈願した。
次に五ケ山(幕府直営の五つの間歩)を回り代官がもちをまき、お神酒を頂いた。この時に歌ったのが今も伝承される「サンヤ節」である。
「山も長かれ鏈も続け 末は鶴亀五葉の松 チョイチョイ サンヤ―」
能「石見銀山」の原本は謡曲「石見銀(いわみがね)」で大森代官所地役人、野沢左源太の作と伝わる。作られたのは江戸中期、つまり石見銀の生産が減少の一途をたどったころなのである。
かたや地役人の手になる美しい文体の謡曲、かたや祭りを彩るにぎやかな囃子。形こそ違え、銀山の栄華再びという人々の祈りが共通して伝わってくる。そんな往時に思いをはせながら観(み)る能は、感慨深いに違いない。
('07/11/07 無断転載禁止)
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