(4)宮の前製錬工房跡

宮の前製錬工房跡 高い品位を維持した拠点

銀を製錬した24基もの炉跡が見つかった宮の前製錬工房発掘現場。国内外で銀を求めた強烈なエネルギーをほうふつさせる=大田市大森町、2002年10月
 縦4メートル、横6メートルの小さな工房跡-。それは戦国時代から江戸初期、世界を駆け巡った石見銀のブランドを守るための施設だった。

 2002年秋、大田市大森町の宮の前地区。発掘担当者の緊張した表情から「大変なものが出てきた」という興奮が伝わってきた。工房跡からは、細かく砕いた鉱石を熱し、不純物を除去して銀を取り出す製錬に使われた炉の跡が出土。鉱石を掘り出した仙の山で多くの炉跡が見つかっているが、1つの区画から24基もの炉跡が集中して確認されたのは初めてだ。

 直径15センチから1メートル、円形や四角い土の塊は赤茶けたり、黒ずんでいたものの、鈍い色合いが重々しい存在感を放つ。宮の前地区は、大森町の北側入り口に位置し、仙の山から約3キロ。山から離れた場所で何が行われていたのか…。

 発掘担当者の興奮は、科学のメスによって裏付けられた。

 奈良文化財研究所の村上隆主任研究官(50)が、エックス線など現代科学の最新分析を駆使した結果、宮の前工房跡は銀製錬の最終工程を担った事実が明らかになってきた。銀の純度を高めたり、品位を鑑定する作業が行われたとみられる。

 江戸初期、平戸(長崎県)でイギリス商館長を務めたリチャード・コックスが、日本の貨幣について述べた「コックス日記」などから、生野(兵庫県)や佐渡(新潟県)の銀と比べて、石見銀が最も品位が高い良質の銀とされ、海外にも鳴り響いていた。工房跡は、流通する銀を一定の水準以上に保つ現場だった。

 石見銀山で、鉱石を掘り、銀を取り出す工程は単純なものではなかった。非常に細かく複雑な工程に分かれ、高度な科学の工夫が随所に織り交ぜられている実態が浮き彫りにされつつある。

 「石見銀山は銀を大量生産する社会体制と人の動き、物流など大きなシステムを国内で初めて確立した。宮の前工房跡は高度な技術とともに、大きなシステムの存在を裏付ける重要な証拠」

 村上主任研究官は、謎に包まれていた鉱山技術に迫り、世界遺産として石見銀山遺跡の価値を高く評価する。

 工房跡周辺からは、火薬の原料を入れたタイ産の壺(つぼ)や、中国、朝鮮の陶磁器なども出土。海外との交流を物語る。

 石見銀山遺跡は国内初の産業遺産として世界遺産登録を目指す。何度も使われたであろう炉の数々は、約四百年前、銀を求めた日本とアジア、さらにヨーロッパの強烈なエネルギーをほうふつさせる。

2004年9月14日 無断転載禁止