(6)金柄杓の泉

金柄杓の泉 名水わき出る憩いの場

豊かなわき水をたたえる金柄杓の泉と銀山街道。戦国時代後期から、街道を行き交う人々がのどを潤す憩いの場になった=島根県温泉津町湯里の清水地区
 アルミ製のひしゃくでわき水をくみ、一気に飲み干す。冷たく、のどごしがいい。座り込むと、噴きだす汗が次第にひいていった。

 島根県温泉津町湯里の清水地区。銀山街道の脇にある金柄杓(かなびしゃく)の泉は、戦国時代後期から
、街道を行き交う人々の憩いの場だ。約450年の間も変わらない、優れた文化的景観をとどめる。

 泉の名は江戸時代、ここを通り掛かった石見銀山の代官が水のおいしさに感激し、お礼に当時、高価だった金属のひしゃくを贈った、と伝わる。清水は道床山の伏流水。この山には山姥(やまんば)が住み、泉で顔を洗って若返ったという伝説もある。

 清水がわき出る石垣はこけがむし、サザンカの白い花びらが舞い落ちる。泉に耳を近寄せると「トクッ、トクッ」という鼓動のような音。石造りの小さなほこらには、水神さんが祭られていた。

 銀鉱石を産出した仙の山(大田市大森町)一帯の銀山本体と、銀の積み出し港として繁栄した温泉津町沖泊を結ぶ銀山街道は、石見銀山を押さえた戦国武将・毛利元就が整備した。

 文献『銀山旧記』が、安土桃山時代から江戸初期に「武士、労働者の人数20万人、1日米穀を費やすこと1500石余」と華やかに描いた銀山の最盛期は、街道を抜きには成り立たなかった。

 銀はもとより、銀山で消費されたコメや炭、鉄などを背負った牛馬や人々が盛んに往来。清水地区に入って一息つく姿をほうふつとさせる。

 8月14日の夜、泉で水神祭を営む瀧光寺(りゅうこうじ)の新治フジ子さん(84)は「清水を使うと、お茶もご飯もおいしい。くみに来られる人も多いですよ」と笑顔で話す。

 2007年夏、石見銀山遺跡が世界遺産に登録されれば、泉も世界遺産の一部になる。集落と棚田を潤す名水は、過去から未来へと人々の命と暮らしをはぐくみ続ける。

2004年11月23日 無断転載禁止