(8)佐毘売山神社

佐毘売山神社 灰吹き法導入の謎秘める

巨岩の上に築かれた佐毘売山神社の社殿。戦国後期、石見銀山がシルバーラッシュで沸いた面影を伝える=大田市大森町
 風花の乱舞がやんだ大田市大森町。仙の山の西側山ろくを訪れると、冬枯れで木々の緑が沈み、佐毘売山(さひめやま)神社の社殿が、巨岩の上に鎮座する。高さ約10メートルの岩には、銀鉱石を掘った跡が随所に刻まれていた。

 祭神は、鉱山の守護神・金山彦命(かなやまひこのみこと)。博多の豪商・神谷寿禎が石見銀山を開発した戦国後期の大永年間(1521-27年)、周防の戦国武将・大内氏が、現在地に建立。国内最大級の社殿を誇る山神社だ。

 里人や銀山で働いた人々に「山神(さんじん)さん」と呼ばれ、親しまれながらも、神域には、不気味な雰囲気が漂う。神社は、寿禎とともに銀山に入り、仲間内のいさかいで殺されたため、たたりをなした掘り子の於紅(おべに)孫右衛門も祭る。

 広大な石見銀山遺跡の中で、佐毘売山神社一帯が注目されるのは、灰吹き法導入の地とされるからだ。銀製錬の画期的なハイテク・灰吹き法は、寿禎が日本で初めて、石見銀山に導入。シルバーラッシュを現出させた源なのだ。

 文献調査で、神社北側の出し土谷に、灰吹き法を伝えた鉱山技術者・慶寿が住んでいたことが判明。慶寿は、寿禎の招きで朝鮮半島から来訪した可能性が高く、神社南側の栃畑谷に「唐人屋敷」の地名が伝わる。

 近くの谷で、銀製錬の際、不純物として捨てられたカラミを拾った。たくさん散乱している。目を凝らすと、小さな川の対岸に、銀鉱脈に沿って掘り進んだ跡や、間歩(まぶ=坑道)があちこちに見える。

 佐毘売山神社の宮司を務める大田市議の石■(崎の大が立)俊朗さん(55)は「神域に立つと、往時にタイムスリップするような感覚に陥る」と語る。

 石見銀山を奪い合った大内、尼子、毛利らの戦国武将らが、銀山の領有と山の盛りを祈った「山神さん」。一帯は、銀山にばく大な富をもたらした技術導入の謎を解く可能性を秘めている。

2005年2月8日 無断転載禁止