安来・比田中1年生の取り組み 島根PR新聞できた!

 産業や文化学び作製

 新聞を教育に活用するNIEの実践校になっている安来市広瀬町の比田中学校の1年生6人が、社会科の授業で島根県の産業や文化を学び、そのまとめとして6つの「島根PR新聞」を作りました。

 テーマは「工芸」「牛突き」「交流」「人口」「ズーズー弁」「水産」

自ら作成した「島根PR新聞」を手にする比田中学校の1年生=安来市広瀬町、比田中学校
▼「道路必要」と社説
 新聞は▽島根工芸新聞(柴田和也君)▽牛突き新聞(浜田大輝君)▽島根交流新聞(岩田啓太君)▽島根人口新聞(織田純子さん)▽ズーズー弁新聞(山本笑子さん)▽島根水産新聞(若狭祐亮君)。

 県内の高速道路を取り上げた岩田さんは、東西に長い島根で整備が完了した個所もあれば途中だったり、これから始まる路線もあるため「紙面にまとめるのが大変だった」と話します。紙面にも何度か文章を修正した跡があります。自分の意見を述べる”社説”では「人口の少ない地域に高速道を造る必要がないとの意見が都会地にあるが、県内外の交流の活発化には必要だ」と締めくくっています。

 山本さんは方言を聞く機会が減っていると思い「今、方言があぶない」を主見出しに、本記を書き、自ら選定した「出雲弁ベストテン」も掲載しました。「方言は温かみがあって面白い。なくなると寂しいので、自分がどんどん使っていきたい」と話しました。

▼面白いことがある
 織田さんは県人口がピーク時には90万人以上いたのに、現在は75万人を割っている状況を表やグラフを駆使してカラーで紹介。「このままだと町や村がなくなるかも」と危惧(きぐ)し、社説で「島根から離れないで」と訴えました。

 柴田さんは雲州そろばん、たたらを使った日本刀作りで手作りの良さ、伝統を後世に引き継ぐ大切さを伝えました。若狭さんは、各漁協が合併する中、単独の道を選んだ海士漁協を選び「協力して漁業を守ろうとする姿勢にびっくり。これからもおいしい魚を提供して」と社説に書きました。

 浜田さんは隠岐地方の牛突きを素材に伝統行事は大切さだとし、その伝統を守るポイントは若い世代が握っているとしました。

 新聞作りを通じて、岩田さんは「島根にも面白いことがたくさんあることが分かった」。山本さんも「以前は新聞のテレビ欄しか見なかったのに、今は1面を見るようになった」と話しました。

▼意見交換し題号決定
 新聞作りは今年1月から行い、同じ時期に2年生の14人は「ドイツPR新聞」を作りました。

 生徒たちは、授業のほか、図書館や新聞で集めた資料を基に、新聞づくりをしましたが、「限られたスペースにまとめるのに苦労した」と言います。

 記事の書き方、見出し作りでは、山陰中央新報社で実際に紙面を作っている編成局整理部の宮本広文部次長(48)が比田中学校に出向いて、実際に指導。生徒からは「見出しで、記事の内容が分かるように工夫されていることがよく分かった」との感想がありました。

 題号も一人一人が考えたものを授業で発表し、生徒同士で意見交換。「インパクトに欠ける」「テーマが分かりにくい」といった意見が出ました。島根人口新聞は最初は国勢調査新聞、ズーズー弁新聞は出雲弁新聞という題号でした。

 新聞作りを指導した秦誠司教諭(45)は「島根への関心が高まり、以前に比べて新聞に目を通す機会が増えたほか、作業を通じてまとめる力や表現する力を養えた」と話しました。

 NIE実践校 実践協力校を含め島根県内では現在、7小中高校がNIEに取り組んでいる。新聞作りや記者派遣授業のほか、8社の新聞を一定期間、学校に置いて全生徒が日々の紙面から最も関心を持った記事を切り抜き、感想を添えたスクラップ作りなどを行っている。

 2年間の実践を振り返って 安来市立比田中学校・秦誠司
  交流通じ豊かな心育つ

 2004年度から2年間、NIE実践活動に取り組みました。その中で特に印象に残っている活動が、2年生の総合的な学習の時間で行った「わがまち新聞」づくりです。

 これは地域の活動を取り上げ、アピールするための新聞です。地域に目を向け、地域の中で取材を行い、新聞を作製しました。その過程で、生徒は、さまざまな再発見や体験をしました。自然のすばらしさや、地域の方々との心温まる交流です。ふるさとを大切にしようとする活動に触れ、その感動を記事にすることができました。

 自分で新聞を作製し、情報発信することで新聞が大変身近なものになったと同時に、交流を通じて豊かな心を育成することができたと思います。生徒の作品で「私たちのふるさとを誇りに思います」という記述が私の心に残っています。

2006年3月8日 無断転載禁止

こども新聞