石見銀山遺跡で江戸時代初めに灰吹法の技術革新

科学調査部会で、分析結果に基づき考察を述べる奈良文化財研究所の村上隆上席研究員(左)=大田市大田町、大田市役所
 世界遺産登録を目指す石見銀山遺跡の科学調査部会が31日、大田市役所であり、17世紀初頭、銀精錬のハイテク・灰吹法の技術革新があり、塩を使うことで銀の大量生産につながった可能性があるという最新の研究成果をまとめた。6月3日、奈良教育大学である日本文化財科学会第24回大会で発表する。

 同部会には、代表を担う奈良文化財研究所の村上隆上席研究員と県、市の担当者ら7人が出席。

 村上氏は、2004年の調査で本谷地区の釜屋間歩前で出土した地面を掘り込んだ炉跡内の土を分析した結果、1-2ミリの銀粒の周りに塩素を確認したと報告した。炉跡は直径50センチ、深さ15センチで銀精錬の灰吹法が行われた17世紀の遺構。

 一方、時代は下るが、石見銀山の精錬技術を詳述した文化12(1815)年の「銀山吹方覚」には、多伎村久村海岸(出雲市)で塩を採る際に使った松葉の灰を灰吹法に使う技術を記載。塩素が含まれる点で分析結果と共通する。

 従来の調査で、戦国後期の天文2(1533)年、国内で初めて朝鮮から石見銀山に導入された灰吹法は当初、鉄鍋と動物の骨の灰を使っていたことが分かっている。

 科学調査部会では、鉄鍋による灰吹と並行する形で17世紀初頭、地面を掘って大型炉を築き、多く入手できる松葉灰を利用する灰吹法の技術革新があり、初代銀山奉行・大久保長安の銀増産につながったと考察した。

 村上氏は、塩素の機能で鉱石の融点が下がり燃料を減らせた可能性を指摘。「技術の工夫が大量生産とエネルギーの効率化に結びついたことが考えられる。この技術が石見銀山独自のものかどうか今後、調査したい」と話した。

2007年5月31日 無断転載禁止