銀山街道 国境の碑120年ぶり戻る

島根、広島県境の赤名峠で、国境の碑を設置する布野町町づくり連合会の会員たち
 江戸時代に島根、広島県境の銀山街道・赤名峠に置かれ、明治以降、広島県三次市で保存されてきた国境(くにざかい)の碑が24日、120年ぶりに島根県飯南町の同峠に戻された。ニュージーランドで開催中の国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会で、石見銀山遺跡の登録をめぐる審議に注目が集まる中、三次市民らが復元セレモニーを企画。参加した両市町の住民120人が登録実現への気概を新たにした。

 碑は、高さ170センチの石柱に「従是(これより)南 藝州領」と刻まれ、1832(天保3)年に峠に設置されたもの。

 87(明治20)年、拡幅工事に伴って三次市布野町の神社に移設されたが、街道の活性化事業を展開する同町町づくり連合会が「石見銀山の世界遺産登録の後押しを」と復元を計画した。

 セレモニーでは、重さ300キロの石碑を載せた大八車を参加者らが引っ張って頂上まで運搬。同連合会の会員らが街道沿いに建て付けると、大きな拍手に包まれた。

 記念の案内板も除幕され、同連合会の門尚志会長(67)が「これを機に街道への関心が高まってほしい」とあいさつ。飯南町銀山街道を訪ねる会の安原征治会長(69)も「(布野町住民の)心意気に、島根側も応えていきたい」と復元を歓迎するなど、参加者たちが登録実現に向けて思いを一つにした。

2007年6月24日 無断転載禁止