輝かしい歴史の一端 当時の隆盛に思いはせ

雄大なスケール 会場には大航海時代に日本で「銀の船」とも呼ばれていた南蛮船の帆船模型などが展示され、世界から注目された石見銀山のスケールの大きさをほうふつとさせる=出雲会場
銀鉱石 現在残っている廃棄物などの分析から最盛期には1トン当たり1キロ以上の銀を産出したといわれている石見銀山。写真は大久保間歩から産出した銀鉱石=大田会場
姿を変えた石見銀 石見銀山で産出した銀は世界中を駆け巡った。ポルトガルでは銀はさまざまな銀器に形を変えた。石見銀もこうした銀器に姿形を変えていったといわれている。本展ではポルトガルから22点の銀器が展示されている。写真上は大洋を渡るポルトガル船団を構成する帆船を模して制作された船型香入れ。写真下は網目文様巻き形状図柄やアラベスク文様で繊細に装飾された銀線貴重品箱=出雲会場
東方見聞録 ”黄金の国ジパング”として日本を紹介。日本がヨーロッパから注目を浴びるきっかけにもなった。16世紀初頭に印刷された東方見聞録のポルトガル語版を1922年に翻刻したもの=出雲会場
貨幣/石見銀山の争奪戦が相次いだ戦国時代から江戸時代まで大量に流通した石見銀はさまざまな貨幣に姿を変え、経済や政治に大きな影響力を与えた=出雲会場
地図 石見銀山の存在が明記されているヨーロッパで印刷された東アジアや日本の地図。諸外国の関心の高さや重要性を知ることができる貴重な資料=出雲会場
 ヨーロッパ諸国の大型帆船が行き来した大航海時代、世界の産出量の三分の一を占め、世界経済の原動力として駆け巡った石見銀山(大田市)の銀。その石見銀山遺跡の世界遺産登録を記念した「輝きふたたび 石見銀山展」(島根県、大田市、山陰中央新報社など主催)が、出雲市大社町の島根県立古代出雲歴史博物館(出雲会場)と大田市大森町の石見銀山資料館(大田会場)を会場に開かれている。

 深い緑に囲まれた現在の遺跡から往時の石見銀山の姿を連想することは難しいが、同展に集められた石見銀にかかわる数々の資料が、過去の輝きを目の当たりに思い起こさせてくれる。世界に羽ばたいた石見銀山が残した輝かしい歴史の一端を、同展から紹介する。
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 「輝きふたたび 石見銀山展」は九月二十四日まで開催。

2007年8月16日 無断転載禁止