眠りさます栄華の残照 大久保間歩迫る岩肌

最大の採掘跡 今回一般公開が予定されている大久保間歩の最奥部。新たに設けられた鉄柵の奥には竪坑(たてこう)があり、地下の金生坑と続く。地上から天井まで約8メートル。写真中央には竪坑の下から鉱石などを引き上げる機械類を取り付けたと思われる横木が2本確認できる
入り口 初代銀山奉行大久保長安が馬に乗り、やりを立てて入坑したという逸話を持つ。入り口には一般公開を前に防護柵などが設けられた
銀鉱脈 坑道の中には銀の鉱脈がむき出しになっていたところも多い。ここは広い坑道の中を幅50センチほどある採掘した溝が壁面から天井へと坑道を包むように延びる
枕木 坑道に露出しているのは鉱石を運搬するトロッコのレールが敷かれていた枕木。明治20年代に敷設され、1896(同29)年に清水谷精錬所の休止とともに役割を終えた
空中の横穴 坑道の中には不思議に思えることがいくつもある。写真の中央、上部に見える横穴もその一つ。高さは5-6メートルの位置にある。大人1人がやっと入れる大きさ。横穴は江戸時代の坑道から掘られたもので当時の坑道の高さが1・5メートル程だったことが帯状に残る手彫りの跡から分かる。その下のごつごつした岩肌は明治時代に機械で掘り下げた。時代の変遷がうかがえる個所である
坑道の3D画像 大田市の島根県立三瓶自然館が現存する測量データ(藤田組作成)を基に作成した3D画像を加工した図解。大久保間歩や本間歩がある本谷地区を矢印の方向から見たもの。大久保間歩は竪坑や斜坑で下の金生抗へ。さらに同抗を経て仙ノ山の北側へと抜けるといわれている
 大量の銀を産出した大田市大森町の石見銀山。良質の銀鉱石が発見された仙ノ山は長年にわたって掘り尽くされ、内部はアリの巣のようだといわれている。六百カ所以上の間歩(坑道)が確認されている内部には、さらに無数の小さな横穴が掘られ、総延長はいまだに解明されていない。仙ノ山全体で数十キロとも数百キロともいわれる。

 その中で、来春の一般公開を目指し、八月下旬からの試行的公開に向けて準備が進む大久保間歩を一足早く探検した。

 主坑道は約二百メートル。そのうち、公開が予定されているのは坑口から百五十メートル。現在は工事中で照明もあるが、公開後は暗闇になり、懐中電灯と長靴が必需品という。大量の地下水が現在もわき出ている大久保間歩の見どころを紹介する。

2007年8月16日 無断転載禁止