継承された伝統的町並み 変化に富んだ大森地区

熊谷家の地下蔵 部屋の床下に一揆や盗難など非常時に備えた隠し金庫ともいえる地下蔵がある。大きさは幅2メートル、長さ4メートル、深さ2・5メートルで見学者の興味をそそる
 今回の「世界遺産・石見銀山遺跡」は、長い年月をかけて何代にもわたって保存、受け継がれ、世界遺産登録の礎になった国の重要伝統的建造物群保存地区(町並み保存地区)に選定されている大森と温泉津の町並みを2回にわたって紹介する。


 大森は江戸幕府が直轄した石見銀山領4万8000石。約150カ村からなり、人口は2万人とも10万人ともいたとされる。街道沿いには、寺社とともに代官所に出仕した地役人の屋敷や郷宿、町屋が軒を並べ、変化に富んだ景観を創出している。


 町は1800(寛政12)年の大火で大半を焼失したが、その後に復興。開発の荒波を受けることもなく、鉱山町として1987(昭和62)年に町並み保存地区に選定され、世界遺産登録への大きな基盤となった。


 範囲は代官所跡付近から街道沿いに約2・8キロ。面積は32・8ヘクタール。重要文化財に指定されている豪商・熊谷家住宅をはじめ、多数の文化財・史跡が町並みを構成する。

熊谷家(有料・一般公開) 鉱山経営、掛屋、郷宿を務めた大森一の豪商。大森の町並みの中で最大規模を誇る邸宅。しっくいの白壁と2万枚の赤瓦でふかれた邸内には30の部屋と5棟の土蔵がある
 
金森家(非公開) 大森には村役人などの指定宿として6軒の郷宿があった。1800年の大火を免れた数少ない建造物で、町並みの中で最も古い建物のひとつ
 
旧河島家(有料・一般公開) 大森代官所に勤める銀山付役人の武家屋敷で、禄高(ろくだか)は30俵、3人扶持(ふち)。当時の平均的武家の基本形を残している
 
旧河島家の女中部屋 土間の上、2階にある「女中部屋」は約6畳。窓から町並みが垣間見られ、暗いイメージはなく住み心地はよさそう
 
中間長屋(非公開) かつては40軒あったという記録が残る中間長屋。代官所とは銀山川を挟んで目と鼻の先。現在は個人所有で、長屋前で出会った子どもたちのおじいちゃんは「ここから学校に通った。当時は向かい側にも長屋があった」。近年まで昔の面影を色濃く残していた
 
青山家(非公開)
 郷宿のひとつ。大森では珍しい妻入り形式の建物
 
大森代官所跡(表門と門長屋は無料・一般公開、資料館は有料)
 国の史跡に指定されている表門と門長屋。石見銀山2代目奉行竹村丹後の守が銀山(山吹城下)から大森の入り口に陣屋を移転。鉱山経営の管理強化が目的だといわれている
 
旧大森区裁判所=町並み交流センター=(無料・一般公開) 大森町民が土地、資材などを提供して1890(明治23)年に開所したレトロチックな擬洋風建築。明治以降も大森が地方行政や司法の中心的役割を果たした象徴的な建造物
 

2007年8月28日 無断転載禁止