謎探る貴重な写真 製錬所や坑道、実像紹介

 世界遺産に登録された大田市大森町の石見銀山遺跡で、明治期の銀生産を担った清水谷製錬所の建物内部などを撮影した貴重な古写真が見つかった。

 写真は大森町出身で、大森鉱山の役員か顧問を務めたとみられる故安江国太郎さんが自らの写真機で撮影したとされる。世界遺産登録を記念して9月、東京都国立市に住む孫の信実さん(72)が地元での研究に役立ててもらうため、セピア色の46点を石見銀山資料館に寄贈した。

 中には、石見銀山遺跡を代表する近代遺産ながら操業期間が短いため謎が多い清水谷製錬所の内部や設備を写した古写真、銀山で操業した藤田組の役員を記録した新資料が含まれている。

 安江さん秘蔵の写真帳を通じて、同製錬所と永久坑道など明治から大正期の石見銀山の実像を紹介する。

【選鉱場と選別鉱物流送機】
 清水谷製錬所の南東斜面上にあり、仙ノ山本谷地区の大久保間歩で採掘した銀鉱石を坑道を通じて運んだ後、選鉱した「選鉱場と選別鉱物流送機」の写真。施設を拡大撮影した新資料。同製錬所と選鉱場などは、仙ノ山の中枢・本谷地区に掘られた石見銀山最大の坑道・大久保間歩の再開発を目指し、大阪の藤田組が建設した=大田市大森町
 
【清水谷製錬所内部製錬機械動力】
 「清水谷製錬所内部製錬機械動力」は、同製錬所内でボイラーからの蒸気でピストンを動かした機関室を撮影。欧州からの輸入品とみられ、コークスを燃やし蒸気を発生させた大型ボイラーを導入し、発電所ができる前、蒸気機関で相当大きな動力が使えた。当時としては大きな経費を投じて最新設備を備えたことが分かる=大田市大森町
 
【清水谷製錬所の全景】
 従来、他の資料でも伝えられた清水谷製錬所の全景。大阪の藤田組が建設し1895(明治28)年4月から操業を始めた。現在価格で約20億円を投入。酸やアルカリ溶液で鉱石から銀を溶かした後に銀を取り出す最新技術が導入されたが、鉱石の品位が悪く1年半で操業を中止。建物は残っておらず、谷の斜面を利用して8段の石垣を築いた遺構が伝わる=大田市大森町
 
【大森鉱山坑道入口】
 1920(大正9)年9月に撮影された「大森鉱山坑道入口」。永久坑道の坑内で掘った銅鉱石を積み、人が乗るトロッコが目を引く。清水谷製錬所がわずか1年半で操業を中止した後、藤田組は鉱業の主軸を永久製錬所での銅生産に切り替えた=大田市仁摩町大国
 
【製煙場と工作鍛冶場】
 「大森鉱山選鉱場・製煙場と工作鍛冶場」。大正期に近代化し、最盛期を迎えた永久製錬所の姿をとどめる。銅鉱石を焼いてイオウを飛ばしており、煙突から亜硫酸ガスを排出しているのが分かる=大田市仁摩町大国
 
大森鉱山永久工場の全景
 

2007年11月1日 無断転載禁止