鞆ケ浦道 銀搬出の難路に苦労体感

【土橋】 尾根では牛馬がすれ違えるように道を広げたり、土を固め土橋状に加工した部分が随所に見られる(午後1時54分)
 銀が運ばれた道は時代順に鞆ケ浦(ともがうら)道、温泉津沖泊道、尾道道の3コースがある。

 このうち最初に登場した鞆ケ浦道は16世紀前半、石見銀山を発見した博多の豪商・神屋寿禎が採掘した銀鉱石を海路で博多に運ぶため天然の良港、鞆ケ浦へと運んだ街道。険しい山道だが銀山から港まで直線距離で約7キロ。牛馬に銀鉱石を積み山越えを繰り返し、一日がかりで運んだともいわれている。

 道中には銀山にまつわる遺跡や伝承が数多く残り、歴史と往時の面影を体感できる。しかし、今でもガイドさんの案内なくしては銀の道の踏破は難しい。今回は現在開催されている「銀の道ウオーク」に参加し、重い鉱石を運ぶために最短距離を選んだという鞆ケ浦道を紹介する。


【起点】 標高166メートル。道標 にまっすぐ進めば龍 源寺間歩、左は清水寺。右は石見銀山街道鞆ケ浦道・山吹城登山口。ゴールの鞆ケ浦まで9・3キロ=午前10時28分

  (時刻は到着および撮影時間)
 
【牛の首】 標高282メートル。標高差116メートルを一気に登る。要害山が北東方向に延びる尾根の鞍部(あんぶ)に当たる所を牛の首という。左(写真右方向)へ行けば山吹城跡登山(午前10時45分)
 
【永久工場・煙道跡】 明治から大正にかけて操業していた製錬所跡が突然現れる。右後方に見えるのは昭和初期、鉱山が再開発された時に建てられた鉱山労働者住宅(午前11時14分)
 
【昭流地蔵】 1943(昭和18)年の大水害の際に奥の谷から流出したお地蔵さんを祭ったもの。「南無阿」「明和5年」(1768年)と刻まれた名号石も傍らに置かれている(午前11時35分)
 
【2度目の峠越え】 ここから鞆ケ浦道で最高地点の口屋峠まで延々と歩くことになる(午後0時11分)
 
【胴地蔵】 銀鉱石を運ぶ途中に盗んだ馬子が首を切られ、埋められたと伝えられる(午後0時15分)
 
【琴ケ浜】 鞆ケ浦到着を目前にした山の上。日本のなぎさ百選で鳴り砂の浜として知られる琴ケ浜海岸が一望できる(午後2時20分)
 
【鞆ケ浦】 ゴール(午後2時25分)
 

2007年11月5日 無断転載禁止