(4)大神山神社奥宮 風雅と豪華極めた空間

天井に描かれた花鳥風月などの絵画、鮮やかな彩色、白檀塗りの修復が施された柱などが長い歴史をほうふつとさせる大神山神社奥宮の幣殿=鳥取県大山町
 中国地方一の高さを誇る霊峰大山の中腹に、大神山神社の奥宮(鳥取県大山町)はたたずむ。言い伝えによると、信仰の始まりは、今から1600-1700年をさかのぼるはるかな昔。いてつく寒さが続く2月中旬、神社周辺は静寂で、神聖な空気に満ちていた。

 人々は古来、大山を「神の宿る山」として崇敬し、修験者は大山中腹に登り、修験の道場として簡単な遙拝所を設けた。これが大神山神社の起源だった。山本清明権禰宜(ごんねぎ)(68)は「昔は拝殿がなく大山そのものをご神体としていた」と語る。

 奥宮には「3つの日本一」があると言われる。自然石を敷き詰めた約700メートルの国内最長の参道、神仏混交時代の特徴で国内最大規模の権現造りの社殿、そして最上級の壮麗さを誇る「白檀(びゃくだん)塗り」の柱の3つ。思わず拝殿の前で手を合わせた。

 山本権禰宜が天井画や「白檀塗り」の柱がある63畳の幣殿へと導いてくれた。高い天井を見上げると、格子状に区切られた格天井(ごうてんじょう)には、格子ごとに描かれた234枚の花鳥風月の絵が並び、幣殿内を見回すと「白檀塗り」の十数本の柱が、やや褐色を帯びた金色の光沢を生み出していた。何とも風雅で、豪華を極めた空間が広がり、視線をくぎ付けにする。

 「白檀塗り」の柱は1995年の修復で、黒漆を7回塗り、全面に銀箔(ぎんぱく)を付け、さらに仕上げに漆を塗る工程で復元された。化学変化で黄金色に見えるという先人の知恵だ。「まさに黄金の部屋。極楽浄土の世界を表現したのでしょう」(山本権禰宜)。

 大山への深い信仰心が息づく大神山神社は、度重なる兵火による焼失と再建を繰り返し、存亡の危機を乗り越えてきた。そして、古くから人々が救済の願いを託し続けている。時代の記憶が残る幣殿の風雅な空間が、大山信仰の崇高さを際立たせていた。

 大神山神社奥宮 祭神は大己貴神(おおなむちのかみ、大国主神)。今の社殿は江戸後期の1805(文化2)年に再建され、1988年に国の重要文化財に指定された。「医薬療法の神」「牛馬畜産の神」「国土開拓の神」として信仰を集める。

2008年3月3日 無断転載禁止