大田で「石見銀山学」公開フォーラム

パネルディスカッションを聴講する市民ら=大田市大田町、あすてらす
 世界遺産に登録された石見銀山遺跡の価値と魅力を学ぶ石見銀山学講座の公開フォーラムが二十二日、大田市のあすてらすであった。対外交渉史を研究する東京大大学院の村井章介教授が、欧州製の日本の古地図などから、石見銀山の開発を契機に欧州での日本に対する理解が飛躍的に進んだ歴史を解説。市民ら百二十人が耳を傾けた。

 村井教授は「世界をかける石見銀」と題し講演。日本銀のさきがけをなした石見銀が日本と朝鮮、中国との境界で活動する倭人ネットワークによってダイナミックに流通し、銀山に銀製錬のハイテク・灰吹法がもたらされた構図を紹介した。

 さらに、銀が中国貿易で唯一の代価交換物となったため、一五四二年ごろ、南シナ海で中国人商人とポルトガル、イスラムの海賊が石見産の可能性がある大量の日本銀を奪い合った海戦を報告。古地図などから「倭寇が中国周辺で活動した十六世紀後半の日本は、欧州人に銀と海賊の島と認識された」と述べた。

 続く「石見銀山学がめざすもの」をテーマにしたパネルディスカッションでは研究者ら五人が意見交換した。

 広島大大学院の本多博之准教授は、石見銀が広島の厳島神社で祭礼費用に使われたとし「市民が二つの世界遺産を連携させ、歴史と文化を掘り起こすことが地域の活性化につながる」と助言。

 村井教授は遺跡を学び巡ることで「仙ノ山に巨大都市が存在したことが見えてくるのがとてもスリリングで、石見銀山が好きになった」と強調。十月にフルオープンする世界遺産センターで過酷な鉱山労働を体験できる工夫や、アジア諸国に情報発信する大切さを説いた。

2008年3月22日 無断転載禁止