(7)美保関灯台(MIHONOSEKITOUDAI) 航海の安全守り100年余

光の帯が真っ暗な日本海に向け延びる美保関灯台。沖を行き交う船の安全を見守り続けている=松江市美保関町
 辺りが残照の移ろいとともに闇に溶け込もうとした瞬間、白色の建物から一筋の光の帯が闇を切り裂くように日本海に向けて延びた。島根半島東端の地蔵崎に位置する松江市美保関町の「美保関灯台」。漁火が揺らぐ沖合を見守る。

 美保関灯台は明治の建造物で、当時の姿をとどめる。灯台を「同町のシンボル」と語る住民もいる。雄大な日本海が広がる地蔵崎ののどかな風景に灯台の姿がしっくりとなじむのは、周囲に風景のバランスを崩すような現代的な建物がないためなのかもしれない。

 大型灯台は、明治後期の開港による貿易の活発化に伴い整備が始まり、美保関灯台は草分けとして設置された。明治前期に地元有志が数度、この地での灯台建設を計画したが実現しなかった、と伝えられている。同町が航海の要衝であり、忍耐を伴う時代が長く続いていたことを物語る。

 灯台に寄り添うように位置する「美保関灯台ビュッフェ」は当時、灯台の官舎だった。一八九八年から一九五三年まで使用され、看守長らが暮らした。灯火の管理は塔の当直室で数人が輪番に勤務。三二年、灯台に雨水をためる大型の貯水槽が完備されるまでは水不足に悩まされた。無人化となった現在の灯台の背後に想像がつかない物語がひそんでいる。

 美保関灯台の点灯から百年余りの時が過ぎ、設備の高度化が進み、航海は様変わりした。が、天候の急変による予期せぬ海難があるなど、常に緊張を強いられる海上にあって、船舶が目的地まで安全に航行するうえで灯台の「道しるべ」としての役割は何ら変わらない-。美保関灯台の歴史に思いをはせながら一日が静かに暮れた。

 美保関灯台 高さ14メートルの石造り。水面から灯火までは約83メートルの高さがあり、光達距離は約43・5キロ。1898年11月に点灯した。1962年に自動制御機器の導入により無人化。2007年に現役の灯台としては初めて国の登録有形文化財に指定された。灯台が位置する場所は景勝地としても知られ、年間を通して訪れる行楽客が多いという。

2008年5月12日 無断転載禁止