(8)仁風閣(JINPUUKAKU) 鳥取の象徴白亜の洋館

宝隆院庭園から見た仁風閣背面。小雨の中で緑が映え白い洋館が浮かび上がる=鳥取市東町
 初夏の風に似合う色は何色なのだろう。空と海に溶け込んだブルーか。目にもまぶしい鮮やかなグリーンか。それとも少し気取ったレモン色か。人それぞれに思い描くイメージがあるだろうが、白い色こそが初夏の風になじむのではないだろうか。鳥取城跡を整備した久松公園の一角に建つ仁風閣を訪れて、そう感じた。

 仁風閣は、フレンチルネサンス様式を基調とした木造二階建ての白亜の洋館。市歴史博物館(やまびこ館)と久松公園などを結ぶ散歩コースの「山の手通り」を歩くと、鳥取城跡の内堀越しに仁風閣が見える。

 門内に足を踏み入れると、広大な敷地に玉砂利が敷き詰められ、芝生が周りを囲う。芝生の緑、久松公園の木々の緑の中で白亜の洋館が、まるで十九世紀のヨーロッパを切り取ったかのように凛(りん)としてたたずむ。小雨の中だったが、敷地内を通り抜けた風は仁風閣の白亜を包み込むように優しかった。

 仁風閣は昨年、百周年を迎えた。昭和初期には洋式宴会場、結婚式場に利用されたが、戦後は県立科学館(後に科学博物館)として二十年余り使われるなど、市民に親しまれてきた。館内に入ると各室のマントルピース(暖炉飾り)、カーテンボックスには和洋折衷の技術が施されており、らせん階段は全国的にもまれな支柱を用いない構造になっている。

 仁風閣にはもう一つ趣のあるポイントがある。建物背面に広がる敷地奥の池泉回遊式庭園だ。江戸時代の大名庭園の流れをくむ形式で、現在は「宝隆院庭園」と称されている。池の傍らには茶室もあり、庭園越しに仁風閣を望むロケーションが訪れた人たちの心を癒やしてくれる。

 近年はこうしたロケーションが人気となり、結婚式の前撮りに利用するケースが増えている。加藤卓美所長は「若い人の思い出づくりに使われている。鳥取のイメージリーダー的な存在として貢献していきたい」と喜ぶ。

 六月の異称の一つに「風待月」がある。ジューンブライドの季節に吹く風は、白亜の仁風閣のようにきっと白い色に違いない。


 仁風閣 1907(明治40)年、嘉仁皇太子(後の大正天皇)の山陰行啓に際し、滞在中の宿舎として元鳥取藩主の池田仲博侯爵により、建設された。仁風閣の名称は随行した東郷平八郎元帥が命名。館内には当時の謁見所、御座所などが保存され、池田侯爵家に関する展示室も設けられている。73(昭和48)年に国の重要文化財に指定された。鳥取城跡に続く山の手通りをはさんで県立博物館があり、年間約3万人が訪れる。

2008年6月2日 無断転載禁止