石見銀山製錬所跡で大量の骨灰皿出土

清水谷製錬所跡で大量に出土した骨灰皿=大田市大森町、同市教委提供
 世界遺産に登録された大田市大森町の石見銀山遺跡で明治期、銀生産を担った清水谷製錬所跡で、銀鉱石の品位分析に使われた骨灰皿(キューペル)が数千個出土し十九日、島根県と同市が発表した。大量の骨灰皿の発見は国内の鉱山遺跡で初めて。西洋から導入された新たな技術が用いられたとみられ、近代日本の化学史と鉱山技術史を考える上で貴重な資料となる。

 同製錬所は、仙ノ山の銀鉱石を製錬するため、一八九五年に建設、稼働したが、銀鉱石の品位が悪く、翌九六年までわずか一年半、操業し休止となった。

 骨灰皿は同市教委の発掘調査で十一月に、基壇の溝から完形品が千個出土。未発掘を含めると三千-五千個になるという。大型(直径六センチ)と中型(四・五センチ)、小型(三・五センチ)の三種類あり大半が小型。

 同日、石見銀山世界遺産センターであった石見銀山遺跡調査活用委員会で報告された。委員の京都国立博物館の村上隆保存修理指導室長が一部をX線などで科学分析した結果、骨灰皿の内側から鉛と動物の骨などを焼いた骨灰の成分を検出。品位分析に使われた後、捨てられたとみられる。

 同遺跡では大久保間歩など明治期の坑道内測量図に銀鉱石の品位が記されており、骨灰皿は仙ノ山福石鉱床の鉱石を分析した可能性がある。

 村上室長は、西洋から導入した技術としながら「戦国時代後期から石見銀山で銀を生産した灰吹法と同じ原理が骨灰皿を使って分析用に行われた。近代まで灰吹法をたどれる銀山の新たな価値が加わった」と位置付けた。

 大田市は二十一日午前十時から現地説明会を開く。

2008年12月19日 無断転載禁止