阪神淡路大震災語り継ぐ 出雲・浜山中

命の重み感じてつなぐ

 阪神淡路大震災から十七日で十四年。すっかり立ち直ったかに見える神戸市で、復興住宅に住む被災者がいまだに年間七十人余りも孤独死しているという現実がある。

 出雲市立浜山中学校(花原良治校長)の三年生は一昨年、修学旅行で阪神淡路大震災被災者を取材して新聞を作る活動を行って以来、震災を語り継ぐ活動を続けている。昨年十一月には生徒、保護者、コミュニティセンター職員ら百人余りが参加して避難所疑似体験を行った。

 その体験を通じ、生徒たちは何を思い、何を感じたか。生徒たちの思いを紹介する。


避難所を疑似体験 被災者取材、新聞作り契機

 語り継ぐ活動を続けているのは「総合的な学習の時間」で「命コース」を選択している生徒たち。

次々と発生する難題への対応策を話し合う生徒たち=出雲市松寄下町、浜山中
 一年生の時は「命と向き合う人々」をテーマに新聞作りを行い、二年生の時は、修学旅行に合わせて阪神淡路大震災被災者の取材活動を行い、その声を新聞にまとめた。

 さらに、被災者の声を「語り継ぎたい」という思いに駆られた生徒たちは、大震災から十三年目を迎えた昨年一月には、語り継ぐ活動を展開。自分たちが作った新聞を市内大型店で買い物客に配りながら募金を呼び掛けたり、生徒・保護者ら七十人余りの協力で避難所体験を行ったりした。また、一年生のクラスで「命を考える出前授業」も行った。

 本年度はさらに一歩進めた避難所疑似体験を企画。年度前半は「医療と人権」というテーマで、医療現場を取材して小論文を書いたり、災害現場で治療の優先順位を決めるトリアージ問題を考えたりして、被災者救援の在り方を追求する学習を行った。

 そして、昨年十一月に、学校を避難所に見立てた疑似体験を実施。「命コース」の生徒たちが、負傷者の治療や被災者の健康管理を担当する「医療班」、食料供給に責任を持つ「食料班」、安否確認など外部からの問い合わせに対応したり避難所の中の生活情報を提供したりする「情報班」、外国人や障害者などの支援にあたる「特別支援班」、居場所確保やトイレ・水道などの管理にあたる「インフラ班」の五つの班を編成。阪神淡路大震災と同規模の地震発生を想定し、それぞれの班ごとに地域住民らの協力のもと、知恵を出し合い、有事で求められる対応を学んだ。

 疑似体験では、木製ブロックを組み立てて簡易型のカプセルホテルを造ったり、非常食を準備して配布、情報掲示板を作るなどした。

 一方、いろいろな情報が飛び交う中で、避難者のペットの取り扱いや避難外国人、マスコミへの対応、別の避難所への看護師の派遣要請など、次々と難題が降りかかったが、各班長や対策本部の生徒らはそれぞれに連絡を取りながら懸命に対応していた。



住民らと協力し、簡易型のカプセルホテルを組み立てる生徒たち=出雲市松寄下町、浜山中
「心の痛み分かりますか?」と問われたら…それでも思い引き受けたい

 修学旅行で神戸を訪れ、阪神淡路大震災で被災した人たちを取材してから、「語り継ぐ」ということが私の仕事みたいになりました。

 しかし、三年生になって住田功一著『語り継ぎたい。命の尊さ』を読んで、私は動揺しました。「思いやる心はみんな持っているけど、心の傷は同じ深さではない。受け取る側にも温度差がある」という一節に目が止まり、私には踏み入ることのできない部分があるのだと感じました。

 私は被災していません。阪神淡路大震災のことをたくさん勉強して、たくさん知ってきたつもりです。もっと知りたいとも思ったし、語り継いでいきたいとも思いました。

 しかし、「あなたに震災で受けた心の傷の痛さが分かりますか?」と問われたら、つらいなと思いました。知ることのできない部分があると思うと、今までやってきた活動が本当にこれでいいのかと思いました。被災者の方が伝えたいと思っていることを私がその通りに受け止め、伝えられているのか不安に感じたからです。

 でも、語り続けようと思いました。母親を亡くした高校生の話を自分に置き換えて、その悲しみを想像することができたことを思い出したからです。そして、被災した方がつらい思いを乗り越えて語り継いでいく、その思いを自分で引き受けたいと思ったからです。    (堀江満里奈)



各班の感想

対策本部 優先順位に苦しむ
 本部にはたくさんの情報が飛び込み、パニックになりました。「自分の家族は生きているのか」「食料はまだもらえないのか」「トイレはどうするのか」「プライベートゾーンはないのか」など、たくさんの声が届きました。それに一つ一つ答えを出さないといけないのですが、どの問題を優先し、どのように解決するのか、とても悩みました。

 私たちの一番大きな課題は「優先順位」でした。どの問題も切実で、すぐに対応しなければなりませんが、優先順位を決めざるを得ません。そのたびに時間をつくって本部で話し合いをしましたが、意見が割れることがよくありました。

 本当の災害時には話し合いを長く続けることはできません。すばやい決断が求められます。その都度、苦しく悲しい選択をしなければなりません。

 今回の体験では、運営スタッフの役割がとても重要であることを感じさせられました。災害時に、すぐに避難所の運営スタッフが決まるとは限りません。さらに、スタッフが正確ですばやい行動ができなければ被災者の間に不安が広がり、混乱を招くことになるでしょう。避難所では、助け合いと思いやりと少しの我慢が必要であることを実感しました。  (錦織 岬)



他の班と連絡調整にあたる情報班スタッフ=出雲市松寄下町、浜山中
情報班 避難者の声聞き反映
 情報班の活動としてうまくいったと思う点は意見箱の設置です。避難している人の意見を聞き、それを生かして最初より快適な避難所を作ることができたと思います。本当の災害時にも、スタッフの意見ばかりで避難所を動かしていくより、被災者の意見をいろいろ聞くことで、新たな改善策が生まれることもあると思います。

 うまくいかなかった点は、物が情報より早く動いてしまったことです。食料を分配するとき、情報班にいつどのようにして食事を配るかという情報が届く前に、食事が配られてしまいました。食券を使うということを知らない人もたくさんいて混乱しました。こういう事態を防ぐためには、班と班のコミュニケーションを大切にしていかなければならないと思いました。         (槇原 遙)



食料班 「公平って…」考え配る
 食料が全員に行き渡るようにしようと思ったのですが、全員分はなく、しかも避難している人の正確な人数が分からず、とても困りました。

 食料を配る際に苦労したことは、ただ平等に配るのではなく、体力的に弱いお年寄りや子ども、栄養の必要な妊婦さんなど、食料を最も必要としている人たちには優先的に配るなど、人それぞれの状態を見て公平に配ることです。それは不平等ではありません。

避難所体験で炊き出しを配る生徒たち=昨年1月、出雲市松寄下町、浜山中
 避難所生活でみんなが体調を崩すことなく生活していくためには、「公平」という考え方がとても重要なことだと感じました。  (藤岡 将平)



医療班 患者殺到し混乱
 医療班の活動をして三つのことを学びました。一つは、患者の名前をフルネームで書き、番号で整理することです。同じ名字、同じ名前の患者がいると困るからです。

 二つ目は、症状の詳しい聞き取りです。どこが痛いかだけでなく、どのように痛いかを聞く必要がありました。理由は治療の優先順位を決めるトリアージを行うためです。同じ骨折でもしびれがある人は、神経が痛んでいる可能性があります。そういう人は優先的に治療しなければなりません。

 三つ目の失敗は、診察室を二カ所に分散させたことです。骨折のある人は二階に上がることはできないし、また、軽傷の子どもたちが重傷患者の痛ましい姿を見ることがないようにと考え、診療室を一階と二階に分けました。しかし、実際には医療者同士のコミュニケーションが取れず混乱してしまいました。    (川上 ■(示ヘンに右)輝)



特別支援班 悩んで窓口開設
 特別支援班で一番悩んだジレンマは認知症の患者さんの問題です。そういう人がいるということをみんなに知らせるというのもプライバシーの問題が生じるし、かといって知らせなければ混乱が起きます。問題が起きてからでは遅いので、とても悩みました。

 結局、相談所を設置して、避難している人々に困ったことがあれば対応する窓口をつくるという結論になりました。

 体育館では、外国人被災者から、何百人もの日本人に囲まれ、言葉も通じず、アナウンスの声も日本語だけだったので、「圧迫感を感じた」という声が上がりました。校舎内の案内は英語、中国語、朝鮮語でも標示しましたが、アナウンスのことは考えていませんでした。   (木村 由奈)



インフラ班 人数配分に戸惑う
 活動を通して、問題点と良い点がいくつかあったのでそれを紹介します。

 まず、最初に問題点。たくさんの人がボランティアとして手伝ってくれましたが、その多くの人が何をすればいいか分からず、戸惑っていました。この問題を解決するためには、まず、電気や水の確保など、しなければならないことを複数考え、それらを行うために必要な人数を考え、いくつかのグループに分けて同時進行の形で行うのがよいと思いました。

 良かった点は、災害が起きたときに避難所で起きる問題をあらかじめ想定して、何通りもの解決策を考えていたことです。予備知識を持っていると、パニックにならず安心感が生まれます。    (勝部 由輝)

2009年1月15日 無断転載禁止

こども新聞