(22)来待石の石像(松江市玉湯町) にらみきかすカラス天狗

金比羅宮の境内にある「カラス天狗」の石像。ユニークな風貌が印象的だ=松江市玉湯町
 良質の石材として全国に名をはせる「来待石」。その貴重な石像があると聞き、温泉山清厳寺(松江市玉湯町)裏手の山道から、山頂の金比羅宮に向かった。木々の香りを味わいながら参道を登り切ると、突如姿を現した大きな天狗(てんぐ)の像に目を奪われた。

 金比羅宮の脇に置かれた自然石の上に直立した像は、高さ約百七十センチ。堀の深い顔が印象深い。やつでの葉を手に今にも天空に向け飛び上がろうとしている。台座の部分には石工幸八作と記されている。

 金比羅宮はかつて海運の守り神として、美保関や伊勢宮(いずれも松江市)、隠岐からも参拝客が訪れていた。石像がどのような経緯でこの場所にあるのか定かではないが、寺には八百年前、真言宗の寺として開山されたという言い伝えがあり、周囲に山陰最古と思われる狛犬(こまいぬ)が多数現存していることからも、古くからの霊場であった可能性がある。

 来待ストーンミュージアム(同市宍道町)の永井泰館長は「この風ぼうからカラス天狗だと思われる。近くに万延二(一八六一)年、幸八作と記された不動明王像があることから、この像も同年代の作品だと思われる」と話す。

 山頂を後にする時、カラス天狗の方をもう一度振り向いた。目を見開きこちらをにらみ付けている。厳しさとともに、愛着を感じた。

 来待石の石像 来待石(凝灰質砂岩)は1400万年前、この地域がまだ海だったころ、火山灰が海に流れ込み堆積(たいせき)したものらしい。長さは十数キロ、幅2キロにも及ぶ層があり、松江市の宍道から玉湯にかけて採掘場がある。江戸時代に松江藩は「御止め石」として藩外へ許可なく持ち出すことを禁止したほど貴重だったようだ。柔らかく加工しやすいので重宝され、かまど、土間、階段、石垣、用水路などに使われ、近年では代表的な産物として「出雲石灯籠(どうろう)」が誕生、庶民生活の中に溶け込んでいる。

2009年5月4日 無断転載禁止