取材班・長久小(大田)6年生 「世界に目を向けて」テーマに学習

みんなで育てた稲を収穫し、お米を支援米として送りました
平和な地球を願い

 長久小学校(大田市長久町)の6年生(26人)は、昨年度から「世界に目を向けて」をテーマに、平和学習に取り組んでいる。その活動と成果について、6班に分かれて手がけた原稿をもとに紙面を作成した。



海外の貧しい子どもたち支援

飢えに苦しむ みんなで育てたお米送る
 わたしたちは、国語でマザー・テレサの学習をしました。インドにはこんなに経済的に貧しい子どもたちがいたことを知りました。そして、今はどうなっているのか世界の子どもたちについて調べてみました。すると、今もなお経済的に貧しい子どもたちがたくさんいることを知りました。

 おなかをすかせて死んでいく子どもたちや、栄養失調のために病気になってしまう子どもたちもたくさんいました。そこで、一人でも多くの子どもたちを救いたいと思い、わたしたちが育てたお米を支援米として送ることにしました。

 わたしたちが送ったのは、わずか30キロ足らずで少ないと思うけど、たった一人でも大切な命なので、その大切な命を救うことにつながってよかったと思いました。

 わたしたちは、毎日当たり前のように食事をしているけど、そうでない人もたくさんいるそうです。好き嫌いなく食べないといけない、と思いました。 (4、6班)


学校に行けない 書き損じはがきで協力
 調べていくうちに、経済的に貧しいために学校に行きたくても行けない子どもたちがいることも分かりました。

 学校に行けないと、困ることがたくさんあります。例えば▽文字が読めない▽自分の名前も書けない▽簡単な計算ができない▽健康に生きるために必要なことが分からない-などがありました。

 学校に行けない理由はなんでしょうか。家計を助けるために働かなければならないことや、教科書や学用品がないことです。女の子は学校に行くより、早く結婚をすることが大切だと思っている地域もあるそうです。

 そんな時、ユニセフの存在を知りました。ユニセフには、世界の子どもたちを救う活動がたくさんありました。

 そこでわたしたちは、自分たちにできることはないかと考え、書き損じはがきを集めることにしました。書き損じはがきは、1枚45円にもなります。学級で話し合い、全校のみんなに呼びかけをして協力してもらうことにしました。昇降口には横断幕を作って取り付けました。各学級には、書き損じはがきを入れる箱を置き、チラシを持ってお願いに行きました。

 近所の人や親せきの人にもお願いしました。自治会館や公民館、近くの「ゆうイングさわらび特別養護老人ホーム」にも手分けをしてお願いに行きました。

 保護者や地域の人たちの協力のおかげで、1348枚も集めることができました。

 同じ目的で集めていたペットボトルのキャップは1万4000個集まりました。協力し合うと大きな力になるんだなあ、と感激しました。 (5班)


戦 争

中国に戦争に行った山■(崎の大が立)さんに体験談を聞きました
中国での体験を聞く
 世界の子どもたちを救おう、ということで世界に目を向けてきましたが、今度は一度にたくさんの人が傷ついたり、亡くなったりしてしまう戦争に目を向けてみました。

 まず、長久にお住まいの山■(崎の大が立)始さん(94)に、中国に戦争に行った時の話をしていただきました。山■(崎の大が立)さんは、「戦争でたくさんの人が亡くなりました。罪のない人も死んでしまったので、とても辛くて、残酷なことでした。多くの人が悲しむことになったのです」と教えてくださいました。

 山■(崎の大が立)さんは、1936(昭和11)年から7年間、中国の上海に戦争に行かれたそうです。その時のことを、「戦場の幼子」という歌につづられました。その歌に、戦場で弱っている幼子にキャラメルを水に溶いて飲ませてあげた体験を書いておられました。

 山■(崎の大が立)さんは、「もう戦争はしたくない」という思いでユニセフの会員になられたそうです。ユニセフでは、人を救う活動をしているそうです。

 罪のない人を殺してしまう戦争。殺したくなくても殺さねばならない戦争は、こわいなあと思いました。 (1、3班)


修学旅行で課題を調査
 わたしたちは、山■(崎の大が立)さんのお話をきっかけに、平和学習に取り組みました。平和・戦争・広島について、次のような課題を持ち、調べました。

(1)日本はどんな国と戦争をしたのだろう?
「世界に目を向けて」をテーマに、平和学習に取り組む長久小学校6年の皆さん
(2)原爆の被害はどれくらいだったか?
(3)人々はどんな被害を受けたか?
(4)リトルボーイとはどんな爆弾?
(5)アメリカはなぜ広島に原爆を落としたのか?
(6)戦争中の人々の暮らしは?
(7)「学童そかい」って何?
(8)「原爆症」ってどんな病気?
(9)佐々木禎子さんと折りづる
(10)「核」って何?
(11)平和を願う詩(峠三吉・与謝野晶子)
(12)これだけは見つけてね。平和資料館
 春休みも使って調べてまとめ、新学期に発表し合いました。平和資料館で見つけてほしい物の発表も聞き、広島への修学旅行が一層楽しみになってきました。    (全員)


修学旅行で行った広島の平和資料館では、ボランティアガイドの人に説明してもらいました
被爆者家族の思い体感
 4月23日、広島へ修学旅行に行きました。平和公園では、各班ごとにボランティアガイドさんに案内してもらいました。爆心地にも連れて行ってもらいました。

 わたしが心に残っていることは、平和の鐘に世界地図が描かれていたことです。しかし、どこにも国境は描いてありませんでした。世界が一つになって平和になるように、という願いが込められているとガイドさんが説明してくださいました。

 ぼくが平和資料館に行って一番心に残ったことは、伸ちゃんの三輪車です。伸ちゃんはまだ幼い子どもで、もっと人生を長く生きたかっただろうに、原爆のぎせいになり死んでしまいました。とても痛かっただろうな、と思うとかわいそうになってきました。

 爆風と熱線で建物はぼろぼろに壊れてしまったのに、あんなに小さな三輪車がほとんど壊れないまま残っていて驚きました。伸ちゃんが死んでしまって、一人で墓に埋めるのはかわいそうだと思って、お父さんが三輪車もいっしょに埋めたそうです。そんなことぐらいしかしてやることのできない、伸ちゃんのお父さんの悔しい思いがこもっているんだろうな、と思いました。

 あの三輪車にはきっといろいろな人の思いがこもっているのでしょう。そんなたくさんの思いが世界中に伝わって、一日でも早く世界から戦争や核がなくなるといいなと思いました。 (1、3班)


平和・戦争・広島について課題を持ち、広島に修学旅行に行きました
原子爆弾の恐怖知る
 わたしたちは、平和学習を通して原子爆弾の恐ろしさを知りました。原子爆弾は、核爆弾や核兵器の1つです。戦争で核爆弾が実際に使われたのは、広島と長崎に落とされた2発だけです。

 これまでに核実験をしたことのある国は、8カ国もあるそうです。そして、1つの国では500回近くも行われ、実験による被爆者も100万人以上もいることを知ってびっくりしました。そして、核実験は世界で2千回以上行われているそうです。

 ぼくは、核の恐ろしさを知って、こんな危険な物の開発は止めなければいけないと思いました。

 ぼくは、日本はもちろんですが、いろいろな国で核を無くそうとしているのに、核を持とうとしている国があることを知りました。

 わたしは、今も原爆症で苦しんでいる人がいるのに、今も核を持っている国があると知って、どうする気だろうと考えると怖くなりました。

 核をなくすためには、世界中に広島と長崎に落ちた原子爆弾の恐ろしさを伝えることが必要だと思いました。 (2班)

2009年6月29日 無断転載禁止

こども新聞