(28)来原岩樋(KURIHARAIWAHI) 出雲市大津町

 ”水”に賭けた先人の思い

薄明かりに掘削した穴の状態などが確認できる来原岩樋=出雲市大津町
勢いよく流れる水音が当時をほうふつとさせる岩樋(遊水池に向け撮影
 斐伊川の左岸、江戸時代に岩をくりぬいて作られた来原岩樋(くりはらいわひ)=出雲市大津町=を訪ねた。岩肌に残るノミ跡からは、「農地を広げ、少しでも多くのコメを」という、”水”に賭けた先人たちの熱い思いが感じられる。

 大梶七兵衛(1621-89)が農業用水を確保するため私財を投じて開削したのが高瀬川。岩樋は高瀬川の取水口で、当時は木製だったが洪水のたびに壊れていたため1700(元禄13)年、松江藩によって掘られた。

 岩樋は、斐伊川から高瀬川への取水と、斐伊川と高瀬川の水位の差をなくして川舟の通行を可能とする水位調整の役割があった。現在の門扉(ゲート)は1979(昭和54)年に電動式水門に改修され、35センチ開くと最大必要量の毎秒約4立方メートルが取水できる。

 ゲートから、岩樋を見下ろした。薄明かりに現れた岩壁が開削当時の苦労をほうふつとさせ、勢いよく流れる水音に長い時の流れを感じた。

(文と写真 本社報道部・小滝達也)

 岩樋 高さ約4・2メートル、幅約2・4メートル。斐伊川からの砂を防ぐために設けられた遊水池周辺が市民の憩いの場になっている。

2009年10月13日 無断転載禁止