(40)佐太神社の神在祭

【神等去出神事】斎場の中に、「池」と呼ばれる小さなくぼみがあり、海につながっているとされる。そこに土幣(つちべい)を円すい状に立て、しめ縄で八重に巻く。神事では池に神籬を乗せた小舟を浮かべ、神々の旅立ちを見送るという=松江市佐陀本郷の神目山
【しめ縄を張った境内】お忌みの期間、境内への入り口は青木の葉とわら縄で閉じられる。その間、神社では笛や太鼓など歌舞音曲は禁止となる
【龍蛇神】神々の先触れや竜宮の使いとして古来からあがめられ、水難や火災の厄よけに御利益があると信仰されてきた
【参道】神在祭の期間中、門前には多くの露店が立ち並びにぎわう
神目山から旅立つ神々

 出雲地方の旧暦10月(今年は11月17~12月15日)は、全国から八百万(やおよろず)の神々が一堂に会する「神在月」と呼ばれる。その神々を迎え、送り出す「神在祭」は、よく知られている出雲大社のみならず、かつては多くの神社で行われていた。島根県立古代出雲歴史博物館(出雲市大社町)の品川知彦専門学芸員によると、現在でも9社で続けられているという。

 出雲への神々の参集は、12世紀の「奥義抄(おうぎしょう)」にある<10月 神無月 もろもろの神 出雲の国にゆきて>が初出。14世紀半ばの「詞林采葉抄(しりんさいようしょう)」では、それまで漠然としていた参集場所が、初めて具体的に佐太神社(松江市佐陀宮内)と記された。神社側の記録では、出雲大社で正平8(1353)年、佐太神社で明応2(1493)年に神在祭と思われる神事の記録が残っている。

 佐太神社の神在祭(じんざいさい)は、一般に「お忌みさん」「神等去出(からさで)さん」などと親しみを込めて呼ばれる。

 20日午後8時、直会殿で修祓(しゅうばつ)を終えた宮司ら神職が、漆黒の闇の中でちょうちんの明かりだけを頼りに中殿・北殿・南殿の順に、各本殿の前で秘音の祝詞を奏上する。神迎え祭の開始だ。

 その後、南殿脇では佐太神社独特の拝礼作法「四方拝」が行われる。神々が宿る神籬(ひもろぎ)が中殿前に安置され、青木の葉が付いたわら縄で本殿への入り口が閉じられると、神職といえども中に入ることはできないという。20日から25日が神在(お忌み)の期間となる。

 25日夜には、神職らによって本殿など神域を守っていた青木葉が付いたわら縄が包丁で切り落とされ、神等去出神事が始まる。

 佐太神社に参集した神々は、日本海が見渡せる神目山(かんのめやま)から舟に乗って旅立つとされている。2キロほど離れた斎場に向かって神職や参拝者は、神々を載せた神籬とともに、ちょうちんの明かりを頼りに暗闇の山道を長い隊列をつくって進む。

 やがて神事を終え、人々が山道を下る時、遠く民家の庭先から静寂を破る犬の鳴き声がした。参拝者の多さに驚いたのだろうか。5日間の「お忌み」の終了を告げる合図のようにも聞こえた。

 (写真・文 本社報道部 伊藤英俊)


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2009年11月30日 無断転載禁止