<1>唯一の正統天守国宝に

華麗に咲き誇る桜に彩られた松江城天守。文化財であると同時に、松江のシンボルとして市民に愛され親しまれる存在だ=松江市殿町
 松江開府400年祭(2007~11年)を機に官民を挙げて始まった、松江城(松江市殿町)の国宝指定を目指す動きが、熱を帯びている。この機会に、松江城の価値や、築城とともに形成された城下町の痕跡に目を向けてみよう。「松江誕生物語」に続く「開府400年シリーズ」は、松江城と城下町の魅力に迫る。

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 「現存する城の中で唯一の正統派天守だ」-。松江城に関する新たな知見が昨年8月、松江市で開かれた「松江城を国宝にしよう市民の集い」で、城郭研究者の三浦正幸広島大大学院教授から示された。

 堀尾吉晴が1607(慶長12)年から5年をかけて築いた松江城の天守は、中段正面で千鳥が羽を広げたような三角形の入母屋破風(いりもやはふ)を備えた望楼型天守。三浦教授によると、織田信長が築いた安土城に始まり、豊臣秀吉の大坂城へと続く正統な天守の形で、現存の城で受け継ぐのは松江城だけだという。

 さらに「四重」とされてきた天守は入母屋屋根も数えれば実質「五重」で、現存する12城のうち6番目に古い建築年代も、ほかの城の正しい年代判明に伴い4番目へ繰り上がると力説し、国宝に値する価値を強調した。

 実は松江城は戦前まで国宝だった。ところが、1950年に文化財保護法が施行され、新たな基準の下で、松江城など8城が重要文化財に、姫路城など4城が国宝に定められた。50年代に松江市が3度行った国宝指定の陳情もかなわず、今に至っている。

 昨年9月に発足した「松江城を国宝にする市民の会」(藤岡大拙会長)は市と連携、三浦教授のお墨付きを弾みに、年明けから国宝指定を目指す署名活動を展開。集めた署名は目標の10万人に迫る。

 先人の努力で守られ、往時の荘重、雄大な姿を伝える松江のシンボル・松江城。半世紀ぶりの国宝化運動は、市民の関心をいやがうえにも高め、さらなる誇りと愛着を多くの人にもたらすに違いない。

2010年4月5日 無断転載禁止