(37)ヘルン旧居(HERUNKYUKYO) 松江市北堀町 八雲文学はぐくんだ空間

ヘルン旧居は八雲文学をはぐくんだ空間であり、旧松江藩の武家屋敷の姿を今に伝える。縁側にいるのは八雲のひ孫の凡さん=松江市北堀町
 松江市民が親しみを込めて「ヘルンさん」と呼ぶ文豪・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)。ことしは生誕160年にあたり、来松120年の節目の年でもある。誕生日の6月27日、関係者による「160年祭」も計画されているという。

 同市北堀町に残るヘルン旧居は、旧松江藩士だった根岸家から借りた住まいで、松江城北側の堀川に面している。八雲が藩士の娘・セツ夫人とここで暮らしたのは、1891年5月から熊本に転任する11月までの約半年。短いが濃密な日本理解の時間であり、後に世界へ発信される八雲文学のコアとなった。

 高さ97センチもある八雲愛用の机のレプリカが、静かな書斎で異彩を放つ。三方の庭は情趣に富み、「知られぬ日本の面影」にも微細に記されている。特に池のカエルを守るため、自分の食べる肉を蛇に与えた話は有名。当時と同様にスイレンが葉を広げ、カエルの鳴き声が訪れた人を過去へいざなう。

 案内役の根岸タカ子さん(61)が語るように、旧居は高潔な武家屋敷のたたずまいを今に伝える。八雲のひ孫で島根県立大短期大学部教授の小泉凡さん(48)も「ここに来ると、人間も自然の一部だという思いが強くなる」と話す。

 夕暮れ前、凡さんにモデルを願い、北側の庭へ向けてカメラを据えた。手前はセツ夫人の部屋。なげしにかかる絵は、画家だった八雲の三男・清が描いた犬吠埼の風景らしい。小さな花が香る屋内には、明治の一家庭の温かさ、細やかさが満ちているように思える。

 淡い光の中、凡さんの横顔にどきりとした。カメラマンも文豪の降臨を感じたに違いない。

 (文=編集委員・頼田直真、写真=本社報道部・小滝達也)


 小泉八雲は1850年、ギリシャのレフカダ島で誕生。父はアイルランド人、母はギリシャ人。39歳だった1890年に横浜到着、同年8月に英語教師として来松し、東京で亡くなる1904年(54歳)まで日本に14年間暮らした。松江には合わせて約1年3カ月滞在。旧居は1940年、国史跡に指定。

2010年6月14日 無断転載禁止