(38)観月庵(KANGETSUAN)松江市北田町 不昧や八雲ゆかりの茶室

隅炉(すみろ)を切った観月庵の2畳本席。円窓からのぞく庭園の雰囲気は格別=写真はいずれも松江市北田町、普門院
小泉八雲も茶道の手ほどきを受けたという観月庵の全景。右手の貴人口から4畳半の茶席に上がる
上に扁額がかかるにじり口まで飛び石やつくばいを配し、落ち着いたたたずまいの内露地
 堀川沿いの天台宗普門院にある三斎流茶室「観月庵」は、松江の文化を凝縮した憩いのスポットだ。老朽化と鳥取西部地震の余波で倒壊寸前だったが、市民らの募金活動を支えに修復が実現し、今春から一般公開されている。

 2畳隅炉と4畳半の二つの茶席を備え、内露地からにじり口をくぐった2畳本席は、東側に大きな円窓が開いている。戦後は障子の四角窓になっていたが、解体調査で昔の痕跡が現れ、再現された。近隣にビルがなかった昭和30年代まで、中海沿岸の嵩山が遠景となり、庭の心字池は中天にかかる月を映したという。

 享和元(1801)年の建立時は、のちに不昧と号した7代藩主・松平治郷が50歳代にさしかかったころ。城中から舟で訪れては茶事を催したらしい。雨上がりの夕刻、薄暗い本席から円窓の外を眺めると、茶人大名の吐息が聞こえてきそうだ。

 茶室と飛び石伝いの腰掛待合は、ひなびた茅(かや)ぶき。腰掛待合の天井には、宍道湖でシジミ漁に励んだ小舟の舟板が使われている。今回の屋根修復では、大田市の三瓶山から2トントラックで5台分以上の茅を調達したと聞く。

 幽玄の風情は小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)も魅了し、ここで茶道の手ほどきを受けた。また明治24(1891)年5月、八雲が住職に取材した怪談「小豆とぎ橋」は近くの橋にまつわる話で、文豪の着想を大いに刺激した。

 住職といえば大正年間に1年半ほど勤めた中西悟堂は、「日本野鳥の会」生みの親で歌人。ゆえに金子光晴、萩原朔太郎、佐藤惣之助ら文人たちの来訪が絶えなかった。詩歌の香り、人のきずなは今も観月庵の一木一草に宿っている。

 (文=本社報道部・頼田直真、写真=同・小滝達也)


 メモ 観月庵は市指定有形文化財。拝観は午前10時~午後4時で、拝観のみ300円、抹茶付き拝観700円。毎週火曜が定休。進入路脇には明治26(1893)年に建立された芭蕉堂があり、名工・荒川亀斎の芭蕉像を安置する。電話0852(21)1095。

2010年7月5日 無断転載禁止