<6>巨石や家紋が権力誇示

子どもの背丈ほどもある巨石がはめ込まれた一ノ門手前の石垣=松江市殿町、松江城
三ノ門跡に至る石段沿いの石垣に刻まれた堀尾家家紋の分銅紋=松江市殿町、松江城
 松江城(松江市殿町)には、築城した堀尾吉晴が意図的に配したと考えられる「見せる石垣」がある。目立つ巨石を使用したり、家紋を刻印したりしていて、城主の力を印象付けることを狙ったようだ。

 巨石を使った石垣は、本丸一ノ門の手前にある。弓櫓(ゆみやぐら)跡下と南多聞櫓下の石垣で、幅1メートルを超える巨大な割石が点々とはめ込まれている。普通サイズの築石の中で、ひときわ存在感を放つ割石は全体で50個以上あり、城内の石垣に使われている石では最大級。天守に入る直前のこの場所だけに見られる石垣様式だという。

 松江城の石垣を研究する松江市歴史資料館準備室の岡崎雄二郎顧問は「こんなに大きな石を積めるんだ、ということを見せつけ、権力を誇示しようとしたのでは」と吉晴の意図を推測する。

 堀尾家の家紋である分銅紋の刻印は、大手門跡から三ノ門跡へ至る石段中腹北側の石垣台に見られる。長さ20~36センチの分銅紋が東、西、南3面に計12カ所刻まれているのが確認されている。

 石垣の刻印は、この分銅紋のほか築城に加わった家臣の家紋など約20種類が見つかっているが、岡崎顧問によれば、堀尾家の家紋が集中するのは家老、重臣が登城する際に必ず通る場所だ。石段で分銅紋が目に入り、さらに天守直前で巨石の石垣…。「家臣たちは、いやが上にも城主を意識したに違いない」と効果を推し量った。

2010年8月2日 無断転載禁止