(41)美保館本館(MIHOKANHONKAN)松江市美保関町 繁栄伝える港町の老舗

明治の面影と文化の薫り漂う、旅館の吹き抜け部分。木のぬくもり、ちょっと粋な感じが同居している=松江市美保関町、美保館本館
小雨にしっとりとぬれ、彩りを増す青石畳通り。美保館本館の風情とよく似合う
 松江市美保関町の通称「青石畳通り」と、その通りに建つ老舗旅館「美保館本館」は、北前船の寄港地だった港町の繁栄ぶりを今に伝える。

 旅館主人の定秀哲也さん(64)によると、定秀家の祖は源頼朝の家臣・松田十郎藤原貞秀とされる。古くから美保関に根を張り、和泉屋という回船問屋、船宿を経営。「1905(明治38)年に、当地で初の本格的な旅館として美保館を創業した」という。

 明治の面影と文化の薫り漂う美保館本館は、木造2階建て、数寄屋造り。2004年(平成16年)に、営業している旅館の中では島根県内で初めて、国の登録有形文化財に認定されている。

 玄関の扉を開け、広々とした旅館のホールに足を踏み入れた。当初は吹き抜けの中庭だったが、昭和初期の改造で床板を張り、天井部分は明るいガラス張り。土壁としっくいの本格的な造りで、銘木もふんだんに使われ、まるで時代ドラマの舞台に上がったような気分になる。

 明治から大正、昭和、平成まで歴史的な建物の手入れを欠かさず、伝統を維持してきた老舗。木のぬくもり、ちょっと粋なたたずまいに愛着を覚えた。

 柔らかい光がガラス越しに差し込む。案内の若女将の説明に耳を傾けながら、おもむろにシャッターを切る。定秀家が守り続けてきた心和む「時間」が、どこからか舞い降りてきた。

 (写真と文=本社報道部・小滝達也)

 メ モ

 古くから文人、墨客が多数訪れ、島崎藤村の紀行「山陰土産」にも美保館の様子が記されている。隣接地に1979(昭和54)年、新館が完成したのに伴い、元の建物は本館と呼ばれるようになった。アンティークな雰囲気を生かした結婚披露宴や各種イベントなどに幅広く活用され、新館宿泊客の朝食会場でもある。晴れた日は窓越しに秀峰大山が眺められる。

 「未来へ伝えたい山陰の遺産」は、写真シリーズ企画「松江城再発見 天守・城郭・城下町」「出雲大社~大遷宮を支える匠たち~」とともに月曜日に随時掲載します。

2010年9月6日 無断転載禁止