<10>藩の歴史描いた障壁画

天守に飾られている安達不伝さんの日本画。堀尾吉晴による城地選定の場面を描いた作品(左)など松江藩の主なエピソードを伝える=松江市殿町、松江城
丹お加代の伝説にちなむ作品(右)では、主人公を「最高に美人に描いた」と安達不伝さんは生前語っていたという=松江市殿町、松江城
 松江城天守の2階には、松江藩の主な出来事を描いた20枚の日本画がある。城を訪れる人に半世紀以上、親しまれているこの障壁画の作者は、安達不伝(ふでん、1911~81年)さん。戦後の松江で美術の振興に尽くした日本画家だ。

 堀尾吉晴が築城の地を決めた場面の「吉晴公床几山より眺望して城地を定める」に始まる一連の作品は、1枚が縦約1・8メートル、横約1・2メートル。吉晴の妻がもちを配って築城の大工らを激励した「松江に千鳥城を築く」、松平家初代の若武者姿「直政公の初陣」などが続き、最後は幕末の伝説にちなむ「鎮撫使(ちんぶし)西園寺公と玄丹おか代」。繊細な筆致の作品を通し、藩の歴史を概観できる。

 57年にあった松江開府350年祭松江藩政回顧展のために、安達さんが描き、当時の松江市長や国会議員ら22人によって同市に寄贈された。

 安達さんは旧八雲村(松江市八雲町)に生まれ、京都で日本画家になった。戦後に帰郷し、松江で島根新樹社をつくるなど日本画の普及に尽力。郷土の日本画壇で「プロ作家らしい一貫した姿勢を崩さず、根性の画家として独自の地歩を占めた」(山陰中央新報社刊「島根県大百科事典」)。

 今となってはこの絵について知る人は少なく、市内に住む長女の森脇千種さん(73)と次女の安達めぐみさん(62)も、「玄丹お加代は最高に美人に描いた」と安達さんが度々、語っていたことが作品に関する唯一の思い出。ただ、当時、藩の歴史を熱心に調べていた父親の姿はまぶたに焼き付いているという。

 開府400年祭が続き、来訪者が増えている天守。千種さんとめぐみさんは「多くの人に見てもらい、父も喜んでいると思う」と感慨深げ。松江城の完成から400年となる来年は、安達さんの没後30年、生誕100年の年でもある。

2010年10月25日 無断転載禁止