取材班・西野小(斐川)6年生 広島修学旅行で平和学習

 6月2日、私たち西野小学校6年生は、修学旅行の1日目に平和学習の一環として広島の平和公園の見学に行きました。そこでは千羽づるをささげたり、原爆ドームや平和記念資料館を見学したりしました。また、語り部さんから被爆体験のお話を聞くことができました。

 修学旅行から帰ってから、平和新聞づくりに取り組みました。

 これらの活動を通して、一番強く感じたことは、戦争はあってはいけない、核兵器が地球上にあってはならないということです。平和があるから今生きているという、平和のありがたみを感じることができました。       (岡田 桃子)


平和公園を見学して 慰霊碑の言葉に納得
   曽田 雪菜
 平和記念公園には、原爆ドームがあって、かべなどにひびが入っていたり、上の部分がこわれていたりして、原爆の恐ろしさが伝わってきました。原爆ドーム以外でも、原爆慰霊碑には死没者24万人余りの過去帳が納められているそうです。碑には「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と刻まれていて、本当にこのような過ちは繰り返してはいけないと思いました。


語り部さん 「命の尊さ」に強い思い
   作野 美悠
 1945年8月6日に広島の地で被爆した幸元さんにお話を聞かせていただきました。

 私は、幸元さんがなぜ原爆の恐ろしさや怖さをみんなに伝えるのかを考えてみました。思い出したくないことをたくさんの人の前で話すのはすごくつらいはずです。でも、それは私たち子どもに伝えたいこと、考えてほしいことがあるからだと思います。

 私は「戦争はもうしてほしくない。戦争や原爆の恐ろしさを絶対に忘れてはいけない。今生きていることを大切にしてほしい。いつも笑顔でいてほしい」という強い思いを受け取りました。

 つらくても私たちのために語ってくださった幸元さんのためにも、二度と戦争が起こらない、そして核一つない平和な世界を作っていかないといけないと思いました。


千羽鶴をささげて 平和願う多くの人いた
   石原 純花
 「病気が治りますように」「平和な世界になりますように」と願いながら、佐々木偵子さんは鶴を折り続けました。でも、願いはかなわぬまま、短い生涯を終えました。原爆資料館で見た偵子さんの折った鶴は、想像以上に小さく、貴重だった紙を大事にして丁寧に折っていたんだと思いました。

 偵子さんと同じように、私たちも平和を願って鶴を折りました。私はみんなが折った鶴をつなげる仕事もしました。きれいに折れているもの、そうでないものと人それぞれでした。でも、願いはみんな一緒です。

 原爆の子の像にささげるとき、私たちは全員で平和を願ってもくとうをしました。私の願いは、核兵器をなくして平和な世の中になってほしいこと、もう二度と戦争は起こらないようにしたいことです。

 原爆の像の周りには、たくさんの鶴がありました。先ぱい方たちや他の学校のみなさんが折った鶴でした。たくさんの人たちが平和を願っているのだと思いました。

 早く世界が平和になってほしいです。


資料館を見学して 原爆の恐ろしさ分かった
   津田 美優
 資料館では命の尊さ、原爆の恐ろしさがあらためて分かりました。

 被爆前と被爆後のパノラマ模型を見て、どれだけ原爆によって広島の街が焼けてしまったのかがよく分かりました。

 私は何で戦争をしたのか、戦争をしたら日本中の人が悲しむのに、何でそのことが分からなかったのかと資料館を見学して思いました。

 原爆にはふつうの爆弾とはちがうところがあります。それは原爆を投下したときにたくさんの放射線がふりそそぐところです。直接被爆しなくても、放射線をあびてしまったら病気になったり亡くなったりする人もいるので、原爆は爆弾の中で一番怖い爆弾だと思いました。


平和への思い

勉強以上の怖さ感じた
     片寄 理奈
 私は「なぜ原子爆弾は作られたのか」をテーマに学習を進めました。戦争を早く終わらせるために作られたこの爆弾は、とても恐ろしいものでした。パソコンや図書資料で調べるたびに、戦争はざんこくで平和は大切なんだと思いました。でも、広島に行って、語り部さんのお話を聞いたり、資料館に入っていろいろなものを見たりして、学校で勉強している以上に戦争の怖さを感じました。そして、平和公園にある、世界から争いがなくなった時に消える平和の灯が、早く消えればいいと思いました。

語り部さん心の強い人
     湯原 菜々子
 原爆について最初はよく分からなかったけど、資料で調べたり、実際に見学に行ったりして、それがどれだけ怖いものかが分かりました。原爆の症状には、急性障害や何年かたってから症状がでるものもあって恐ろしいと思いました。語り部さんの話を聞いた時、「アメリカがにくいと思うことがあったけど、前を向いていくしかない」と言われたので、心の強い人だと思いました。つらいことを打ち明けてくださった語り部さんの話を聞いて、友達や家族を大切にすること、いつも笑顔でいることの大切さを実感しました。

心に残った原爆ドーム
   新田 亜美
 平和公園に行って私が一番心に残った場所は「原爆ドーム」と「原爆の子の像」です。原爆ドームを実際に見て、「どうして原子爆弾一つでこんなに壊れてしまったの」と思いました。私はあらためて原爆の恐ろしさや命の尊さを知り、核兵器というものが世界からなくなり、二度とこういうことがないといいなと思いました。世界遺産にもなっている原爆ドームを、これからも多くの人に知ってもらい、核兵器のない時代を築いていきたいです。

つらい思い伝えたい
   松浦 奈央
 私は原爆ドームに行って思ったことがたくさんありました。それは、原爆より怖いものはないということです。当時は赤ちゃんで逃げられない人もいたと思います。私はこれからたくさんつらいこともあると思います。しかし、原爆というつらい現実に比べれば、私たちが思っている「つらいこと」はたいしたことじゃないと思えます。私たちがこのつらい思いを受けついで、私たちの子どもにも伝えられるように努力したいと思います。

人間同士がなぜけんか
   水 日南子
 最初は「島根県に原爆が落ちなくて良かった」と思っていました。でも、だんだん学習していくと、やっぱり島根県に落ちなくても、日本の中でとても悲しいことがあったので、これからは戦争などのない平和な世界になってほしいと思いました。なんで人は人を苦しめるのかなと思います。人は人を幸せにするものだと思っていたのに、こんなに悲しいことになるので、人は戦争をなくしていき、人を幸せにすることをたくさんしていったらいいと思います。

臨場感ある語り部さん
   嶋田 野々花
 修学旅行に行く前、第二次世界大戦について調べていました。修学旅行に行くまでは、本当の原爆の恐ろしさなどを感じなかったけど、修学旅行で命の大切さ、原爆や戦争の恐ろしさを知りました。語り部さんの話は、当時の体験が私たちの目の前に再現されたようで、想像しただけでも寒気がするような怖いものでした。その話をまだ戦争の怖さを知らない人々に伝え、何十年後、何百年後、何千年後と、二度と戦争を繰り返さないようにしたいです。

平和な生活築きたい
   山口 拓生
 現在もどこかで戦争がくり広げられています。しかし、すべての人は戦争のない世界を望んでいるはずです。それは「人々がおびえることなく外を歩ける」「きちんと食事ができる」「教育を受けられる」ということです。でも、日本も戦争をして、当たり前のことが当たり前にできなくなり、多くの人が苦しみました。これからの未来のために、僕たちは、原爆ドームや語り部さんのお話などで学んだ戦争の悲惨さや平和の大切さを人々に伝えて、平和な暮らしを築いていきたいと思います。

ガイドさんから原爆ドームの説明を聞く児童たち
語り部さんの原爆体験に耳を傾ける児童たち
自分たちで折った千羽鶴をささげる児童代表
原爆の子の像の前では平和を願い、全員でもくとう
原爆資料館を見学、平和への誓いを新たにする児童たち
児童たちが折り、平和公園にささげられた千羽鶴

2011年6月29日 無断転載禁止

こども新聞