鉱石運んだトロッコ復元 邑南の久喜・大林銀山で使用

復元したトロッコを囲む久喜・大林銀山保全委員会のメンバーら
 邑南町の久喜・大林銀山で明治期から1960年代初頭にかけ、間歩から鉱石を運び出すのに使われていたトロッコを地元の住民グループが復元し、水抜き間歩の入り口に展示している。

 間歩内で見つかったトロッコの車輪を使い、かつて採掘作業に従事した地元の古老が設計した精巧な仕上がりで、往時の鉱山開発史を今に伝えている。

 江戸時代に天領「石見銀山御料」の一角だった久喜・大林銀山では戦国時代から江戸初期にかけて多くの銀が採掘され、戦後も再開発を目指した大阪市内の業者が銅や鉛の採掘に取り組んでいた。

 復元は、遊歩道などを整備してきた久喜・大林銀山保全委員会(森脇政晴委員長)が間歩内で見つかった車輪を活用し企画。荷台は、同銀山で採掘作業に携わっていた高川秀夫さん(88)=邑南町久喜=に設計を依頼。大工の田中武吉さん(82)=同町岩屋=が5月から約5カ月かけ製作した。

 復元したトロッコは高さ1メートル、幅85センチ、奥行き130センチで、重さ80キロ。ヒノキやスギなどを使った荷台の表面には使い込んだ跡を再現しようと、バーナーで焼き色を入れるなど工夫を凝らし、水抜き間歩の入り口に展示。自由に見学できる。

 のみを手に岩盤に向かい、採掘した鉱石をトロッコに載せて運ぶ重労働に従事した高川さんは「当時のままの出来栄え」と、感慨深そうな表情。

 森脇委員長は「トロッコを見て採掘作業へのイメージを膨らませてもらい、地域が支えた鉱山の歴史を後世に伝えたい」と話した。

2011年11月19日 無断転載禁止