中村元・人と思想(11)東洋人の思惟方法

「東洋人の思惟方法」第3巻の「日本人の思惟方法」は東西文明の交流を研究するイーストウエストセンター(ハワイ)から出版され、バーンズハワイ州知事からジョンソン米国大統領(右)に贈られた
 画期的研究世界的に注目

 1943(昭和18)年、中村元(はじめ)は東京帝国大助教授に就任した。仏教からその源流であるヴェーダーンタ哲学に没入していた彼にとって、それを跳躍台としてさらに大きく羽ばたく機会が待っていた。

 哲学の伊藤吉之助教授が主宰する共同研究「諸民族の思(し)惟(い)方法の比較研究」への参加である。ここで、中村は特に「言語形式および論理学にあらわれたインド人の思惟方法」「仏教思想の受容形態を通じてみたシナ民族および日本民族の思惟方法」という課題を担当。ゲートルをつけたまま研究、論議を重ねた。敗戦とともに共同研究は消滅したが、中村だけは追究を続け1948年に「東洋人の思惟方法」全2巻として出版した。

 この画期的な研究は、若手の研究者に大きな衝撃を与え、書評でも取り上げられた。ただ、学問とは文献研究か、教義の解説だと思っていた先輩教授からは厳しい批判もあった。にもかかわらず、学界のセクショナリズムを超えた若い研究者たちの支持によって、研究は特に米国学者の注目を集めた。1951年、米国スタンフォード大から客員教授として招請され、一躍世界の中村として羽ばたくことになる。

 その後、この本は1960年には英訳で刊行、諸外国学者の注目を浴びた。英語版も日本語版も「年の移るにつれて筆者とともに成長」し、最終的には加筆増補されて「中村元選集[決定版]」全40巻中の第1~4巻となった。

 この決定版に従い、内容を手短に紹介しよう。

現在「中村元選集」[決定版]の第1~4巻となっている「東洋人の思惟方法」は当初、単行本として出版された
 これが東洋の主要五つの民族を対象としていることについて、中村は「世界は一つであることが痛感される時代ではあるが、それと相並んで各民族固有の生活様式と思惟方法が、各個人を律して有力に働いている。今は東洋の各民族に伝統的な思惟方法の特徴を問題にするが、当面の対象をインド、シナ(=漢民族)、チベット、日本の四民族とする(最終的に韓国も対象とされた)。これらの民族においてのみ論理的自覚がみられ、他の多数の東洋の諸民族は、上記の民族のいずれかと同一の思惟方法をとっていたと考えられるからである」と記している。

 まず、第1巻「インド人の思惟方法」では普遍の重視、否定的性格、個物および特殊の無視などを挙げ、第2巻「シナ人の思惟方法」においては、具象的知覚の重視、抽象的思惟の未発達、個別性の強調、尚古的保守性などを指摘している。第3巻「日本人の思惟方法」では、与えられた現実の容認、人間結合組織を重視する傾向、非合理主義的傾向などについて述べている。第4巻「チベット人/韓国人の思惟方法」で、チベット人について、個人存在の意識―人格的結合の意識の希薄、人間における絶対者の発見などを挙げている。韓国人については、人間結合の重視、個人崇拝、呪術信仰などを指摘している。

 最後に「東洋的」と言うが、東洋人一般、そしてそれのみに通じる思惟方法の特徴なるものは存在しない、としている。また、西洋の一つの哲学思想を無批判に受け入れるということがあれば、それは特に日本知識人に顕著な、単なる権威への盲従にすぎない、との「結論」をまとめている。

 このような思惟方法の追求では、比較研究が重要になる。中村の関心は比較思想にも向かった。1960年に海外の諸研究の紹介を主目的に「比較思想論」を出版した。わが国で「比較思想」という新しい学問領域を開拓、発展させ、1974年には比較思想学会を創設した。

 (敬称略、東方研究会理事長・前田 專學)

2012年6月16日 無断転載禁止