中村元・人と思想(14)紙上座談会(上)

 <出席者>
前田 專學氏 東方研究会理事長
奈良 康明氏 東方研究会常務理事
釈  悟震氏 スリランカ国立ペラデニア大客員研究員



前田 專學氏
 これまで、中村元(はじめ)博士の生い立ちから学者として歩み始めた時期までをたどってきた。執筆者の方々に、この歩みを振り返りつつ、あらためて博士の学者、思想家、教育者としての背景を語ってもらった。

 司会=中村先生の幼少時代からの足跡をたどってきました。先生が初めてインドを訪れた時の、喜々とした様子などをうかがうと、そのインド思想、仏教への深い思い、情熱に感動します。あらためてその源がどこにあったのかと考えます。

 前田=仏教との縁ということで言えば、一つには先生のお母様の影響があったのではないでしょうか。古い話ですが、先生のお母様には思い出があります。学生のころ、先生のお宅を訪ねた折のことです。玄関で声をかけると、和服姿のお母様が出てこられました。正座をして両手を畳につけ、「よくいらっしゃいました」と、ご挨拶(あいさつ)されるのです。恐縮してしまいました。先生の松江のお家は代々、浄土真宗の門徒でしたが、このお母様がとりわけ熱心な方でした。こんなお母様や周囲からの感化は大きかったでしょう。

 釈=先生は中学入学直後、病気のため1年間休学するという体験をされています。動き回りたい年頃に床に伏し、病気はいつ治るとも知れない。友は新しいことを学んでいる。肉体的苦痛も含め、この1年は実に長くつらいものだった。その中で実存的な苦悩に気づき、それを深く見据えるようになったのだと思います。

奈良 康明氏
 前田=この悶々(もんもん)の日々が、先生を思索家、読書家にし、宗教や哲学へと向かわせた大きな要因だったでしょう。

 奈良=先生の終生のテーマでもある「生命(いのち)」に対する思い、深い思索などは、先生のご性格もあったでしょうが、多感な時に病を得て苦しまれた中で育まれたということは言えましょうね。

 釈=病後、日本仏教の祖師が書かれたものを片っ端から読まれたようです。その中で、祖師方が崇敬する釈尊とはどんな人だったのか、どのようなことを教えられたのか、ということに大層興味を覚えられたのだそうです。

 司会=若い時の苦難が、先生の才能、思想を磨いたのですね。

釈 悟震氏
 釈=先生は「義を見て為(な)さざるは勇なきなり」という言葉を好んで口にされました。病による挫折、絶望から、「誠によって生きる」という思想をつかまれたことが、精神的な強さを育んだのでしょう。

 前田=「艱難汝(かんなんなんじ)を玉にす」と言います。先生と同年の(聖路加大病院の)日野原重明先生も学生時代に休学されたそうです。挫折は人生の宝です。

 司会=旧制一高では、ドイツ語教師のブルーノー・ペツォルド先生から、初めて仏教教理の講義を聴き、影響を受けられたと。

 前田=ペツォルド先生は、後に天台宗から大僧都の位を与えられた方です。中村先生ご自身、この「感化は、後々までわたくしの仏教に対する理解の仕方に、大きな影響を与え続けたのであった」と言われています。この時代に宗教や思想の勉強が進むにつれて、西洋の哲学思想には冷たいものを、インド思想や仏教の哲学には奥深さと「温かさ」を感じとられたようです。

 釈=仏教に「温かさ」をお感じになったというのも、自分が絶望的な苦しみを味わう中で仏教の言葉に救われたという実体験からだったといいます。先生は後に仏典を平易な日本語で訳されますが、自分と同じように苦悩している人に、自分を救ってくれた言葉を届けよう、という思いからなさったことだったと言われていました。

 奈良=先生が指導する立場になられてのことになりますが、私たち教え子の手掛けていることには実に細かく目を配り、指導されました。厳しい中に、本当に「温かさ」があったと思います。

2012年7月7日 無断転載禁止