中村元・人と思想(19)ヴェーダーンタ哲学を究める

初代シャンカラ・アーチャーリヤの正統後継者の一人、カーンチープラムのシャンカラ・アーチャーリヤ師(中央)を囲んで(1960年代、南インド・カーンチープラム)
 20歳代で超人的な業績

 インドのバラモン教系哲学にはさまざまな学派がある。このうち、最も有力なのがヴェーダーンタ学派である。この学派では、万物は宇宙の根本原理である「ブラフマン」から発現し、私たちは、永遠にして唯一の存在であるこの原理と合一しないかぎり、輪廻(りんね)転生を続け、救われることはない、とする。

 この学派の哲人たちは「本当に存在するのはこれのみ」と説く根本原理のブラフマンと、目の前に広がる多様な現象世界との関係を、矛盾なく説明づけることを目指した。例えば、ある哲人は、ブラフマンと現象界との関係を大海の水と波との関係にたとえた。水という点では一つでも水面には大波、小波の別が現れる。存在するのはブラフマンただ一つだとしても、現象界ではいろいろな姿で、私たちの目に映るのである。

スートラ体抽出の例。注釈書の古写本(手前/見本)のベタ書きの文中から、原文にあった語句を特定(中央文中の太字部分)して、元の形に再構成する(奥)と、スートラ体の根本聖典本文が抽出される
 中村元(はじめ)博士は、学生時代にこの学派の研究に着手した。当時このヴェーダーンタ哲学は、学派最大の哲学者であるシャンカラの解釈によって理解するものとされていた。それ以前の学派がどのように生まれ、どう受け継がれてきたのかは、全て闇の中に閉ざされていた。

 「インドに歴史学なし」などと言われる。古代インド人は「真理に到達すれば、その途中経過など知る必要はない」という発想で、思想の歴史的展開については、ほとんど関心を示さなかった。博士が「インド人の思惟(しい)方法」でも指摘するこの国民性が、この学派の研究にもそのまま当てはまった。博士はこの点に着目、インド人学者の誰一人も顧みなかった、ヴェーダーンタ学派の歴史解明という未開拓の課題に挑んだ。

 博士はまず、この哲学の源泉となったウパニシャッドの思想を検討し、ついで仏教やジャイナ教などの文献に見られる断片を収集。これを分析して最初期のヴェーダーンタ学派の状況を明らかにした。

 次にこの学派の根本聖典「ブラフマ・スートラ」の研究に向かった。この書は語句を極度に省略する「スートラ」という特殊な文体で記されている。文章というより符号の羅列のようなものなので、それ単体では文意をくみ取れない。そのため、この根本聖典の意味は後代の哲人たちが著した注釈書に沿い、各注釈書によった、それぞれの理解がなされていた。博士はここで、8世紀のシャンカラ、9世紀のバースカラ、12世紀のラーマーヌジャという3人の代表的な哲人の書いた注釈書を取り上げた。これらを比較検討、注釈者の思想に由来する解釈を除き、スートラ自体の原意を明らかにした。

 さらに「ブラフマ・スートラ」の成立からシャンカラに至るまで、この間に現れた諸哲学者の思想を究明した。後代に著された文献群からそれらを抽出、ヴェーダーンタ思想の流れを追ったのである。中でも、5世紀の文法学者バルトリハリの思想については詳細を極めた。彼の著作はもちろん、仏教書に紹介されているものまで、サンスクリット語原典のみならずチベット語訳まで援用、その内容と思想を明らかにした。

 この膨大な研究成果は、「初期ヴェーダーンタ哲学史」全4巻として刊行されている。気の遠くなるような仕事である。著した4冊のうち1冊だけでも、十分に学位論文に値する見事な業績である。この成果を博士は20歳代で成し遂げた。その語学力、資料の分析力、総合力が、いかにけた外れのものであったか。「まさに不世出の学者だった」と感じ入るほかはない。

 (大東文化大教授・松本 照敬)

2012年8月13日 無断転載禁止