中村元・人と思想(24)中村博士の著・訳書「私の1冊」(下)

 インド人の思考/人間的なお釈迦様

 平易な文章学ぶ者導く


 「インド人の思惟方法」

 もともと古代インド思想に関心があったものの、大学の学部時代には、現代インド語の一つであるヒンディー語を学んでいた。

 大学院入試の準備に集中した1年間、毎日図書館に通ってガリ勉をした時のノートが数冊のこっている。その中、悪筆な私にしてはきれいな鉛筆書きの1冊が、中村元(はじめ)著「インド人の思惟(しい)方法」の要点をまとめたものだ。中村博士を世界に知らしめることになる「東洋人の思惟方法」の先陣を切るのが、この書である。サンスクリット語の文法構造のなかにインド人の考え方を探っている。強烈な影響を受けた。いま私は、その手法をヒンディー語に応用しながら、学生にしばしば問いかけている。この文法構造には「人為よりも天意を重んずる」彼らの思考が表れていないかと。

(水野善文 東京外国語大大学院教授)

 「ブッダ最後の旅」

 中村元先生の経典の現代語訳を読ませていただいていると、平易な文章に驚きます。とても親しみやすく初めて仏典に接する者を引き寄せます。「ようこそ!」と歓迎してくださっているようです。けれども、註(ちゅう)の多さには驚きますし、さらに詳細に記された註の膨大な量にまたびっくりします。読む者を圧倒する中村先生の大きさに息をのみます。でも文章はやさしく、「いらっしゃい」と学ぶ者を導いてくれます。

 先生が訳された多くの経典の中で、とりわけ私の印象に残っている一つは「ブッダ最後の旅」です。この中で商業都市として栄えたヴェーサーリーの街を訪れ「アーナンダよ。ヴェーサーリーは楽しい」と話されたお釈迦(しゃか)様の姿と初めて出会いました。お釈迦様というのは、きちんきちんとしたことを教えとして話していたとの印象がありましたが「楽しい」という人間的な表現をしていたことが、とても心に残っています。仏典に何ものかを弟子に隠すような「教師の握りこぶし」を持たないお釈迦さまの姿があります。中村先生の本を読むと、いつもそのことを思います。

 先生はお持ちのものすべてを私たちに知らせ、読む者の力に応じて受け収まることを促しています。これからも読ませていただこうと思っています。

(阿部敦子 鎌倉市)

 「論理の構造」

 スペインのバルセロナにあるサグラダ・ファミリア教会。建築家ガウディの死によって未完のままに残された。

 しかし、その綿密かつ大胆な構造により世界遺産になっている。中村元博士の上・下2冊の大著「論理の構造」も未完の絶筆である。しかし、深遠で明晰(めいせき)な思考と、東西両洋にわたる膨大な書からの、適切で圧倒的な引用に誰もが息をのみ立ち尽くす。

 「今の自分でしかできないこと…それは論理学をまとめることだ」と語った博士は、「論理」という巨大で精緻(せいち)な建造物を死の間際まで丹念に立て続けた。その情熱は、人間の頭脳が生み出す「思考の原理」という優美な曲線をどのように描かせ、思考が生み出す「判断とは何か」という繊細な彫刻をどのように浮き上がらせようとしたのだろうか。これらの作品を載せる「論理と論理学」という厳格なる礎石をどのように置き並べ、完全体に至ろうとされていたのだろうか。

 ガウディは、設計図を残して作品を後世に委ねた。中村博士は作品を残して設計の方法を私たちに委ねた。

(中村元東方研究所研究員・林慶仁)

インド人の思惟方法
ブッダ最後の旅
論理の構造

2012年9月19日 無断転載禁止