中村元・人と思想(31) 日本の仏教者たち―

鈴木正三の旧宅(愛知県豊田市足助)
 人道的精神を評価

 中村元(はじめ)博士が高い評価を与える日本人の仏教者に以下の3人がいる。いずれも「地球思考(グローバル)」であり、同時に今風にいえば、「社会福祉」志向の人々を選択している点が、極めてユニークである。

 「近代的批判的精神」の鈴木正三(しょうさん)(1579―1655年)、「地球志向」の聖徳太子(574―621年)、「普遍的志向」の源信(942―1017年)がその人々である。従来の日本仏教研究者が、なかなか思い至らない人選であり、そのとらえ方も斬新である。

 博士が最初に注目したのは鈴木正三である。「近世日本における批判的精神の一考察」、および「日本宗教の近代性」の中で、正三の近代性と批判精神を称揚している。正三は関ケ原の戦いにも出陣した武士であったが、42歳で出家、以後は島原の乱後の民心慰撫(いぶ)などに、仏教者として活躍した。博士は、正三の「万民徳用」などの著作から、農民や商人などの日常的職業活動を通した、他者への奉仕を仏道修行とするという、「仏教的職業倫理」を見出した。この考え方を、ドイツの社会思想家マックス・ウェーバーの言うプロテスタンティズムの倫理などと比較、伝統思想に対して批判精神にあふれた正三の思想が、近代的である点を高く評価した。

 次いで取り上げたのは聖徳太子である。雑誌「日本仏教」第1号の「普遍的国家の理想―聖徳太子の世界思想史的考察」や、後の著書「聖徳太子―地球志向的視点から」のいずれでも、聖徳太子をインド古代のアショーカ王などとともに「普遍的宗教を奉じる帝王」と位置付けている。太子を、普遍的宗教である仏教の根本精神から、「博愛の精神に基づく人道主義的活動」を実現しようとした優れた為政者だとする。このような聖徳太子の行動の背後には、日常生活での個々の実践的行為に絶対的な意義を見出し、「仏教の実践は世俗的生活のうちにある」とする、仏教への太子の理解があるとしている。

中村博士はこの3冊の中で聖徳太子、源信、鈴木正三を評価した
 博士が注目する日本仏教者の中で、異色の評価を受けているのは源信である。

 博士は、地獄・極楽描写で知られる源信の著作を分析した「往生要集」を著している。ここで博士が見出したのが、熱心な浄土信仰者としてだけではなく、現代風に言えば文学博士ともいうべき「学者・源信」の姿であった。源信にみられる日本的浄土解釈の特色を、博士は「極楽往生の後に仏と成ってこの世に戻り、衆生を救う」という「現世」の人々の救済であるとしている。これは社会福祉的視点の反映である。

 それ以上に注目しているのは、源信が「普遍的なるもの」としての仏教を探究するため、自分の著作を当時の仏教研究の中心だった中国に送った姿勢である。源信については、次のように言っている。

 「明治維新以前の日本の思想家で、アジア大陸において評価を受けた人が絶無に近い中で、源信に見られる『普遍的志向』は日本思想史において非常に重要である。私はその重要性を思うと同時に、学問の本場で『誹謗(ひぼう)』されることを恐れなかった彼の心意気、勇気に大いに打たれるのである」(学問の開拓)。

 この3人を、博士は「地球志向」と「利他的実践」という点で評価するが、これは自身の仏教観を反映したものである。すなわち仏教とは、普遍的真理を探究するグローバルなものであり、同時に日常生活の上で、人道主義的活動、もしくは福祉的精神を伴った生き方を導くはずのものであるということであろう。

 (学習院大非常勤講師・加藤 みち子)

2012年11月3日 無断転載禁止