中村元・人と思想(32) 日本仏教を省みる

四天王寺に建つ『大日本仏法最初』の碑=大阪市天王寺区
 明るく清く 生活の視点大切に

 私が中村元(はじめ)博士の教えを受けたのは、もう50年近く前になる。学生たちをしかる時も、声を荒らげることのない実に温厚な先生だったし、著述などで批判を展開する時も、穏やかで上品だった。

 しかし、博士は内に激しいものを秘め、時にその一面をのぞかせることもあった。博士が40年ほど前に著した「仏教の文明観 未来を開く思想」は、そんな一面を見せた珍しい1冊かもしれない。

 時代背景もあるだろうが、そこには以下のような日本仏教への厳しい言葉が記されている。博士が日本仏教の行方、仏教研究のあり方を真剣に考えていたことが分かる。

 「日本人は仏教を…美的・直観的な信仰や鑑賞の対象として、あるいは儀礼の体系として受け取った傾向が強い。…宗派は、…呪術的儀礼によって一般民衆と結びついていた。…(仏教が)日本の民衆一般の思想的血肉とならなかったという事実に注目せねばならぬ」

 「いまの仏教教団のあり方は、実際生活面では俗人と同じでありながら、形式的、表面的には古風なものをかざしているという点に、欺瞞(ぎまん)のみならず、むしろ、さらに滑稽味さえ感じるのである」

 私が直接、博士から聞いて印象に残っている話もある。例えば、「仏教は本来、明るく清らかなもの」ということである。

 日本の仏教は陰気で古いものがよいという固定概念にとらわれている。タイなどの仏教は明るい。日本仏教も「明るく伸びやかに」との意見である。「そうしないと、年寄りはお寺に来ても、若い人が来なくなる」とも。

 恐らく、「明るさ」「清々(すがすが)しさ」は博士の気質とも合っていたのだろうが、そこに仏教復興の可能性を見ていたのかもしれない。

中村博士が思い描いたのは清々しい仏教(四天王寺)
 もう一つの博士の指摘は、人々の生活や仕事への視点を持った仏教のあり方、仏教研究である。

 かつて博士が籍を置いていたのは文学部だが、私たち学生には「この文学部で教えるあらゆることを学び、仏教を勉強しなさい」と言い、また経済、法律、さらには理系の知識も持つよう励まされた。

 これは博士自身の姿勢でもあった。同じ書に「社会的な問題に全く目をつぶるならば、仏教は早晩滅びてしまうであろう」とある。博士は日本仏教が渡来した時から現在まで、その全体を捉えつつ、とりわけ近代における仏教のあり方に深い関心を持っていた。「仏教が現在の人々に応えなくては」との思い、仏教、仏教研究が「近代的な思考、近代的な仕事をしなくては」との意識は強かった。

 博士の、あの「仏教語大辞典」や仏典の口語訳など、どれもがこうした意識から発した仕事である。

 いま、博士の日本仏教への指摘を思う時、寺院のあり方一つとっても課題は山積している。例えば、社会とのかかわり方を考えた時、私はお寺が「お布施」を受け取るだけでなく、お寺が社会に対し金銭的な布施をすることも必要だと思う。

 また、仏門に入ろうとする若者、仏教を学ぶ若い人には、広い視野と批判的精神を持ちより一層、勉学に励んでほしい。中村博士は既成概念や解釈を批判的に見つつ、自らの学問世界を切り開いた。

 あらためて日本仏教の将来を考えると、安閑(あんかん)としてはおれない。自戒の念を込めて、わが師が日本仏教の行く末を案じた真摯(しんし)な思いを省みなくてはと思う。

 (四天王寺管長・奥田聖應)

 

2012年11月10日 無断転載禁止