中村元・人と思想(35) 新たな知見加え「決定版選集」

自宅書斎にて原稿執筆中の中村博士。この書斎から膨大な著作物が生まれた=東京・杉並
 獅子奮迅の仕事ぶり

 中村元(はじめ)博士は、すでに伝説の人である。新たに付け加えることはなく、編集者の立場から思いつくままを語るにとどめたい。

 先生とのご縁は「中村元選集」に始まる。当初それは、全23巻であった。23巻でも大部の選集であるが、時を経て、選集を編み直すことになった。先生の構想も受けて、それは全40巻の「決定版選集」として生まれ変わることになった。1988年のことである。先生の獅子奮迅の仕事ぶりが始まった。

 先生の仕事は、次々と付け加え、広げ、発展していく。例えば、旧選集で1巻であった「ゴータマ・ブッダ」は、決定版選集では全2巻となった。新たな情報と知見と考察が次々と加わり、どんどん巨大化する。そのエネルギーあふれる探究心には圧倒される思いだった。

 編集者から見て、著者には二つの類型があるようだ。「寡作系」と「多産系」である。一方が、そぎ落とし捨て果てて乾坤(けんこん)の一巻を仕上げるとすれば、他方は、壮大なモニュメントを造るにも似て、壮麗な作品群を産み出し続ける。先生がどちらであるかは言うまでもないが、その徹底の度合いや密度の濃さにおいても先生は他の追随を許さぬ、稀有(けう)の人であった。

 決定版選集をどのように編むか、先生には一つの考えがあった。選集の個々の作品の中に、自分の訳された仏典の翻訳を数多く入れたいというのである。なぜかと言えば、誰もが原語で仏典を読むことはできない。さらに仏典の翻訳を差し挟むことで、論述の根拠を具体的に示すことができる。仏典をして語らしめたいと言うのである。

中村元選集[決定版]全40巻(春秋社提供)
 こうして、時代を画した訳業の数々は、決定版選集にちりばめられている。読者はおのずと、先生の平易で簡明な翻訳で仏典に触れることができる。

 先生の仕事ぶりの一端を表す言葉として、「『のり』と『はさみ』」というのがある。パソコンなどのない時代である。先生は原稿の執筆に論述の必要に応じて自分の著作の一部を援用し、切り張りしてつなぎ合わせ、大幅に加筆して新たな原稿を仕上げるという執筆方法を多用した。この「のり」と「はさみ」の話は、次々と著作を刊行する先生への多少のやっかみも手伝ってか、必要以上にかまびすしく語られることもあった。

 しかし考えてみれば、これはまさしく「編集」の原点そのものではないだろうか。編集力・構想力、そして創造力で際立っていた先生においてこそ可能だった方法であったろう。先生の学問の独創性は、執筆方法にもいかんなく示されていた。

 決定版中村元選集の最終巻が刊行されたのは1999年、先生86歳の春である。私たちは出来たばかりの本を、久我山のご自宅にお届けに上がった。先生は感慨深げにご本を手にとってパラパラとページをめくられた。それから「もう時間がないかもしれないが」と言いながら、この後にやりたい仕事のことを語り出した。その時のお顔は、今でも脳裏によみがえる。

 それは、いつも書物や原稿の入った重いボストンバッグを持って体を傾けるようにして、東方学院への道を歩まれていた先生の姿と重なる。先生はどんな時も、いつも前方を見据えて歩みを進められていたように思う。その年の10月、先生は泰然として世を去られた。生涯をかけて「温かなこころ(=慈悲のこころ)」を説いた含羞(がんしゅう)の人でもあった。

   (春秋社編集者・佐藤 清靖)

2012年12月1日 無断転載禁止