中村元・人と思想(36) 慈悲の精神で現代語訳

岩波文庫(青帯)所収の中村博士訳原始仏典シリーズ
 仏典の真理万人に開く

 中村元(はじめ)博士の原始仏典翻訳業は、そのほとんどが今日、岩波文庫で読むことができる。博士が20代後半のすべてを費やして完成した学位論文が「初期ヴェーダーンタ哲学史」(全4巻)として刊行され完結したのが1956年。それから2年余りを経た58年から、博士の仏典翻訳が世に問われていく。

 その活動は、大きく見て二つの時期に分けられるようだ。前期は58年の「ブッダのことば」に始まり、60年の「般若心経・金剛般若経」、63、64年の「浄土三部経」の翻訳である。中村博士と岩波文庫と言えば、原始仏典の訳業がすぐ思い浮かぶが、この時の原始仏典は「ブッダのことば」のみで、あとの2著は日本の仏教で最もポピュラーな大乗経典であった。

 博士自身が、書店の強い要請によったと述べているように「ブッダのことば」の大成功によって仏典の現代語訳の需要の大なることを痛感した書店が、それならばと、日本で最も人気のある経典の現代語訳を博士に委嘱したのだろう。

 しかし、博士自身にも、仏典を一般の日本人にもっと近づけたいという思いのあったことは間違いない。以来現在まで、多くの経典の現代語訳が出版されてきたが、その道を切り開いたのはまさに中村博士であった。この誰にでも分かる平明さこそ、博士の書くもの―専門論文であれ、一般向けの文章であれ―すべてに通底する際立った特質であると、学術書の編集者として30年を過ごしてきた私は感嘆する。

 専門家は他人に簡単に分かられてしまうことを恐れ、本能的に難しく書く傾向がある。だから、博士のように第一級の専門家であるにもかかわらず、平明であるというのは、稀有(けう)といえる。

 それは、自分のことよりも真理が万人に開かれることの方を大切にするという博士の無私の精神、慈悲の精神の表れと言えるのではないか。

 博士による仏典現代語訳の作業は、60年代の半ば以降にいったん途切れる。その時期、20年をかけて完成にこぎつけた仏教語辞典の原稿が紛失するという大事件が起こり、そのやり直しに8年間を要したためである。

 この受難をへて、博士の仏典現代語訳の後半期は、1978年の「ブッダの真理のことば・感興のことば」から始まる。以後すべてパーリ語原典からの翻訳である。このあと80年には「ブッダ最後の旅」、82年には「仏弟子の告白」「尼僧の告白」、そして84年には注を大幅に増補した「ブッダのことば」の新版、さらに86年に「ブッダ 神々との対話」「ブッダ 悪魔との対話」が刊行され、ひとまず区切りを迎える。

 どの作品にも本文に匹敵する分量の懇切な注が付されている。博士66歳から74歳までのこの時期の集中力と生産力には驚くほかない。20代後半の5年間に、奇跡的とも言える「初期ヴェーダーンタ哲学史」を書き上げたのに匹敵するような豊穣(ほうじょう)な時期を、博士は迎えていたのではなかったか。

 これら岩波文庫での訳業は、原始仏典だけに限っても、累計で百数十万という部数を売り上げている。壮観というほかない。

 この数字が示すのは、ブッダの教えは、誰にも分かる平明な現代語で伝えられなければならず、それがブッダの素志でもあったはずだという博士の信念(慈悲の心)が「文庫」という廉価な器を通して、まさに人びとの心に届いたということであろう。

  (岩波書店編集者・小島 潔)

2012年12月8日 無断転載禁止