(31)小丸山古墳(益田)

益田市立雪舟の郷記念館(左上)や大喜庵(左下)に隣接する小丸山古墳(益田市教育委員会提供)
 埋葬者の強大権力実感

 益田市の市街地が見渡せ、遠くに日本海を望む益田市乙吉町の丘陵に復元された小丸山古墳。古墳時代後期にあたる6世紀初めごろに造られた、墳丘の全長52メートルの前方後円墳で、市指定文化財となっている。

 同古墳には、県内の古墳では珍しい土手や濠(ごう)が、周囲をぐるりと囲むように設けられている。

 1987年から90年にかけて実施された発掘調査では、土器などとともに、馬の胸に付ける飾りである青銅製の馬鐸(ばたく)や、馬具の一部にあたる鈴杏葉(すずぎょうよう)などの副葬品が見つかった。

 当時、この地方で青銅器を鋳造する技術はなかったとされ、奈良県の市尾墓山古墳と縮尺が一致していることから、埋葬されたのは近畿地方とつながりを持ち、益田一帯を治めた有力な権力者だった可能性が高いという。

 同古墳は開発により一部が壊されたものの、復元された。近隣には、市立雪舟の郷記念館や、雪舟終焉(しゅうえん)の地とされる寺院・大喜庵もあり、古墳も含めて、郷土の歴史や文化に直接触れることができるエリアになっている。

 天気の良い日は家族連れなどが訪れ、ゆっくりと過ごす姿も見られる。市教育委員会文化財課の木原光課長は「古墳自体が大きく、市街が一望できる場所。古墳に立つと埋葬された権力者の力を実感できる」と話している。

2013年3月7日 無断転載禁止