中村元・人と思想(49) 米学会でも高く評価

スタンフォード大の招請により渡航した米国に滞在中の中村博士。1951年
 今後も影響与え続ける

 中村元(はじめ)博士の有名な著書「東洋人の思惟(しい)方法」に私が出合ったのは1968年、米国・スタンフォード大2年生の時だった。博士の名を耳にしたことはあったが、日本語が読めなかった当時の私は博士の主著であるこの本が初めて英語で出版されたその年まで、博士の本を読んだことはなかった。

 私は東洋の主だった文化を網羅する博士の学問の広さと深さに感銘をうけた。それ以上に驚かされたのは、アジアにおいて主軸となっている諸文化を比較するのに仏教を比較基準として用いるというその方法論であった。上述の注目すべき本に結実したこのような研究は、仏教という広大な研究領域について深い知識を持っていた中村博士のような人にして、初めて成し遂げられたものであろう。

米国での評価を確固たるものとした中村博士は以後も度々、米国の大学から招請を受けることになる。写真はハーヴァード大での連続講義の内容をまとめ出版された書籍「Buddhism in Comparative Light」(邦題「比較思想から見た仏教」)
 私は文化人類学専攻だったが、大学3年生の時、宗教学科で「日本仏教」コースをとった。上記の博士の本に依り、日本とインドの仏教徒に見られる価値観の違いをテーマにリポートを書いた。担当教授はそこに用いられた巧みな方法論を評価して、私に高い点数を付けてくれたのだが、私はそれが中村博士の本で明らかにされたもろもろの洞察に負うところ大であったことを教授に白状せずにはおれなかった。

 米国の日本宗教・哲学専門家の中には、博士とスタンフォード大との縁を通じて、博士の著書の存在をよく知る者も多い。この教授もその一人だった。1951年、米国の学者たちの間で傑出した著作「東洋人の思惟方法」が注目され、博士は一連の講義を行うためにスタンフォード大に招かれたのである。この時の講義は、幾人かの米国学者たちが博士に与えていた高い評価を裏付けることになった。第2次大戦の日本の敗戦からわずか6年後に、博士が招待されたことを思うと驚きを禁じ得ない。

 宗教学の分野における米国最大の学術組織はアメリカ宗教学会(AAR)である。学術大会の規模は大きく、毎年1万人が集まり、聖書学、宗教哲学、宗教心理学、宗教史、イスラム教学、仏教学といった何百もの部会が開かれる。仏教学部会は近年、新しい研究者が増え続け、最も精力的で活気のある部会となっている。仏教関係の部会は数も増え多彩になっている。例を挙げれば「西洋における仏教」「仏教と自然科学の関係」「仏教に関する構築的および批判的思考」などがある。

 AARは世界中の研究者をひきつけ、米国のみならず、全世界の宗教研究の主要な中心であり続けてきた。中村博士もかつて一度はきっとAARの学術大会に参加しただろう。ともかく、今も博士の著書は大会会場で販売されている。

 2010年にサンフランシスコで開かれた大会では、日本哲学の分野の画期的な著作として話題をさらった「日本哲学:資料集」(ハワイ大学出版)という新しい本にちなんだ部会が開かれた。同書を論じた討論会にはこの分野の一流の学者たちが登壇したのだが、その内の一人からは中村博士の名前が挙がり、他のパネリストたちも博士と面識があったり、著作についてよく知っていた。

 世界一大きな宗教研究者の集まりにおいても、博士の業績と記憶は今もって生き続けているのである。

 私が博士の本と初めて出合ってから45年。この間、博士は多くの米国の仏教、インド哲学、比較思想、日本研究者に影響を与えてきたし、これからも与え続けていくことは確かである。

 (ケネス・タナカ、日本仏教心理学会会長)

2013年3月16日 無断転載禁止