中村元・人と思想(50) 韓国仏教との精神的交流

ソウル市内の景福宮(李朝時代の宮殿)にて、宮廷装束に身を包む中村元博士夫妻。1971年
 「同胞」と協力必要説く

 近年、日韓の関係は、領土問題などもあって複雑困難な状況に見える。両国に関する書物などは多いのだが、そのほとんどは興味本位か、表面的、短絡的に紹介したものである。こうした傾向が続くと、それが両国の真実かのように誇張、理解され、結局はお互いの思想や文化などをも歪曲(わいきょく)させる危惧を感じる。

 こんな現状の中で、中村元(はじめ)博士の著作と、それに対する韓国人、とりわけ文化人・仏教人の思いを考えてみたい。

 まず一つは、博士の代表的な名著「東洋人の思惟(しい)方法」の『チベット人・韓国人の思惟方法』である。ここには、東洋人の思惟方法を考える上で中村博士の持っていた韓国・韓国人観がはっきり表されている。それは従来の日本の知識人や文化人たちが持っていたものと大きく異なる。

 従来、日本における大半のインド思想や仏教の研究家たちは、朝鮮半島の仏教や諸思想に対して、さほど関心を示さなかった。古くから朝鮮半島の仏教や諸思想に対しては、日本独特な考え方が内在していたからである。

 博士も指摘するように昔の日本人は、ほぼ「東洋」に相当するものとして「三国」という呼称を用い、それはインド、中国、日本だった。「それ以外の諸民族・諸国家は、この『三国』との関連において含めて考えていたのが、一般日本人の通念であった」。

 仏教を「三国仏教」と呼ぶように、この三つの国の仏教を指すのが仏教界の通念であり今日もこうした考え方は支配的と言えよう。

1983年、韓国ソウルの円光大学で開催された馬韓・百済文化国際学術会議で研究発表をする中村博士
 しかし博士は、日本文化の伝統を形成するのに役立ち、親近感ある朝鮮、中国、インドなどの文化の中で「韓国文化、とくに韓国仏教からなにを学ぶべきか、ということも問題であり、また日本の文化を明らかにするためにも、韓国文化を知る必要がある」と指摘している。

 そして「仏教による精神的交流はおそらく世界的規模において行われるであろうが、そのためにはまずもっとも近い同胞である韓国の人々と日本の人々とが手を握って緊密に協力することが必要である」と強調している。ここでは、韓国の人々を「同一民族」を意味する「同胞」と呼んでいる。従来の日本の知識人や文化人とは大きく違う点である。

 だからこそ、どんな時代の変遷があろうと博士の教示は一切の感情や思想の垣根を超え、その著作が韓国でいま現在、30種以上翻訳されているのである。

 最近、この「東洋人の思惟方法」の中の『日本人の思惟方法』が韓国語に翻訳された。原著は「日本人とは」「日本的ものとは」、またその伝統と文化、そして思想および宗教観、すなわち仏教や儒教の受容と変容を分析、日本文化の重層構造と日本人特有の思惟方法を明らかにしている。

 この訳著は、韓国の知識層や一般民衆の日本理解を増し、両国の真の友好増進への礎となるだろうし、実際、多くの韓国人に感銘を与えたと聞いている。根強い反日感情がある韓国で、一人の日本人の書物がこんなに訳出され、多くの人に愛読されている。これだけ韓国の人々の精神文化を触発した異国の人がかつて存在しただろうか。

 訳書だけではない。博士の思想の根底にあって、博士が貫徹した「義を見てなさざるは勇なきなり」の姿勢は韓国仏教界の研さんに計り知れない教示と影響を与えた。

 韓国仏教界に刻まれた博士の思想、それへの賛辞は、日本人の耳にも永久に深く残るだろう。

 (韓国・ソウル大客員研究員 釈 悟震)

2013年3月23日 無断転載禁止