島根ふるさと遺産100選 (4)松江の古き面影

 古き面影が今も色濃く残る県都・松江市。今回は松江城や茶文化など、市民らに親しまれ、育まれてきた4題を紹介する。

松江のシンボルとして親しまれている松江城
松江城と城下町

 城下町松江のシンボルとして親しまれている松江城天守(松江市殿町)は、松江開府の祖・堀尾吉晴が5年をかけ慶長16(1611)年に築いた。天守が山陰地方で唯一現存し、国の重要文化財に指定されている。

 松江城の天守は、中段正面で三角形の入母屋破風(いりもやはふ)を備えた望楼型。千鳥(総称)が羽を広げたような姿をしていることから、別名千鳥城とも呼ばれる。最上階の望楼から360度にわたって見下ろす眺めは素晴らしい。

 城下町の面影を色濃く残すのは堀川沿いの塩見縄手。明治の文豪、小泉八雲が暮らした旧居や、中級武士の住居として使用した「武家屋敷」などが軒を連ねる。1973年に市の伝統美観保存地区に指定。87年には建設省(当時)「日本の道百選」にも選ばれ、堀川を巡る遊覧船からは風情ある街並みを堪能できる。

 松江は松江城天守と城下町がセットで残る歴史と伝統漂う町でもある。

各流派が集い毎年秋に開かれる松江城大茶会で、心のこもった一服を満喫する参加者
松江の茶・和菓子文化

 松江の茶の湯文化は江戸時代、松江藩7代藩主、松平治郷(不昧)によって隆盛を見た。茶の湯を楽しんだ文化は生活に根付き、茶席には欠かせない銘菓などが数多く生まれ、一部は「不昧公好み」として現在も受け継がれている。

 家庭では、訪れた客を抹茶でもてなす習慣があるが、各流派がそれぞれ茶会を開き、伝統を継承している。

 秋には、日本三大茶会の一つ「松江城大茶会」(山陰中央新報社主催)が開かれる。松江市殿町の松江城山公園二の丸下の段を主会場に行われ、各流派が趣向を凝らした設営テントの中で、自慢のお手前を披露する。生け花や和傘を立てるなど、落ち着いた雰囲気の中、訪れた和服姿の女性や観光客などが、心のこもった一服と和菓子を満喫する。

 市内には不昧ゆかりの茶室といわれる明々庵(北堀町)、菅田庵(菅田町)、観月庵(北田町)が現存。和菓子の老舗も多く、観光客の楽しみの一つともなっている。


小泉八雲が松江で暮らした旧松江藩の武家屋敷がある塩見縄手の通り
ハーンの歩いた道

 明治時代の文豪・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン、1850~1904年)は、日本の伝統文化を世界に紹介したことで知られる。

 ギリシャ生まれの八雲が松江に来たのは1890年。島根県尋常中学校などの英語教師として、1年3カ月を過ごした。

 来松2週間後には出雲大社を参拝、外国人で初めて本殿に昇殿した。その後も一畑薬師や佐太神社を訪れている。小泉セツと結婚後は、塩見縄手の旧松江藩の武家屋敷を借りて生活した。今は小泉八雲旧居として観光名所になっている。

 八雲の作品には、松江の名所が数多く登場する。「知られぬ日本の面影」「怪談」「神々の国の首都」では松江城をはじめ、月照寺、清光院などの記述があり、八雲独特の視点で物語を紡ぎ出している。

 NPO法人松江ツーリズム研究会は、八雲が再話した「怪談」ゆかりの城山稲荷神社など、八雲の残した“道”をめぐるツアーを開催。人気を集めている。


現在はミュージアムとなっている島根大学旧奥谷宿舎
島根大学旧奥谷宿舎

 木造2階建てで、傾斜のきつい三角屋根が特徴の島根大学旧奥谷宿舎(松江市奥谷町)は、国登録有形文化財にも登録された大正時代の洋風建築物だ。

 同大の前身の一つ、旧制松江高校の外国人教師のため、1924年に建築された洋風官舎。当初はドイツ語教師用の1号官舎と英語教師用の2号官舎が並んで建っていた。2号官舎は37年に火事で全焼した。

 急勾配の三角屋根は当時、松江市内では珍しいものだった。階段の手すりは10~30年代に欧州で流行した装飾美術のアールデコ様式を取り入れている。

 25~39年に同校で教壇に立ち、宿舎に住んだフリッツ・カルシュ博士は、小泉八雲にあこがれ来松。入学してきた雲南市出身で、後に医師になった永井隆博士にドイツ語を教えた。

 戦後は改修しながら使用していたが、老朽化により取り壊しも検討された。しかし、学内外から保存する声が上がり、2009年にミュージアムとして生まれ変わった。


2013年5月13日 無断転載禁止