(34)藩校養老館(津和野)

観光客でにぎわう藩校養老館
鴎外ら数々の逸材輩出<

 城下町・津和野のメーンストリート、津和野町後田の殿町通りに白壁、格子窓の古式ゆかしい長屋門が威風堂々と構える。哲学者・西周(あまね)、文豪・森鴎外など数々の偉人を輩出した藩校養老館。津和野藩が4万3千石の小藩ながら、乱世を乗り切るため人材養成に力を注いだ証が刻まれている。

 津和野藩の8代藩主・亀井矩賢(のりかた)が1786(天明6)年に開設。1853年(嘉永6)年の大火で焼失したが、11代藩主・亀井茲監(これみ)が55(安政2)年に再建し、現在は剣・槍(そう)術がたたき込まれた武道教場と、史料を保管する御書物蔵(ともに県指定史跡)が残る。かつては文学教場、寄宿舎、武器工場、弾薬庫、馬場もあった。

 従来の儒学、漢学、礼学、数学、兵学に国学を加え、医学に蘭医科も設置。江戸後期から幕末・明治維新にかけ、国学者の岡熊臣(くまおみ)、大国隆正、福羽美静、数学の桑本才次郎ら国内一流の教授陣を擁し、周や鴎外をはじめ多分野で逸材を生み出した。

 敷地内にはここで天性を磨いた鴎外の「余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス」で有名な遺言碑が建立されている。歴史文化を核にしたまちづくりを推進する町は今後、国の支援を受けて保存修理に取り組み、史料展示、津和野学講座など生涯学習の場として活用する方針だ。

 町教育委員会の米本潔文化振興係長は「津和野の文化歴史の象徴的存在で、心のよりどころ。生かしながら、次世代に引き継ぐことがわれわれの使命」と話す。 

2013年6月6日 無断転載禁止