島根ふるさと遺産100選 (10)伝統工芸、技術

 島根県内に伝わる伝統工芸や技術の数々。人々を魅了してやまない代表的な4題を紹介する。

安部榮四郎記念館ミュージアムショップに並ぶ雁皮紙、便箋、封筒、色紙、榮四郎が考案した「出雲雲紙」など、多種多様の出雲民芸紙
出雲の和紙(松江市ほか)

 出雲の和紙は、奈良時代の正倉院文書「出雲国計会帳」に使われており、約1300年の歴史を持つこの地の産物だった。

 隆盛を見たのは江戸時代に入ってから。松江藩主松平直政が越前から紙すき職人を招き、松江の郊外に御紙屋を設けたのが始まりとされる。

 昭和初期には、民芸運動の波が押し寄せた。その中で、出雲の和紙に新しい感覚を盛り込みながら「出雲民芸紙」として復活させた松江市八雲町(旧八雲村)東岩坂の安部榮四郎(1902~84年)の手仕事が高く評価され、安部は、雁(がん)皮紙製作技術保持者として、国の重要無形文化財(人間国宝)に選ばれた。

 光沢がある出雲民芸紙(雁皮紙、コウゾ紙、ミツマタ紙)は防虫効果にも優れ、保存文書にも適し全国に愛好家も多い。

 現在、出雲地方には他にも、斐伊川和紙(雲南市三刀屋町)、広瀬和紙(安来市広瀬町)などがある。

石州半紙や和紙を作り出す紙すきの作業
石州半紙(浜田市三隅町)

 2009年にユネスコ無形文化遺産に指定された石州半紙は産地の浜田市三隅町のみならず、島根県を代表する伝統工芸品だ。柿本人麻呂が1300年以上前に石見地方に伝えたとされる紙すきの技法は、職人のたゆまぬ努力によって現代まで守り継がれてきた。

 石州半紙の主材料には石州産のコウゾを使用。微細で強靱(きょうじん)な紙質は長期保存に向き、文化財の修復用紙や書画用紙、障子紙など多種多様な製品に姿を変える。

 同町内には四つの和紙工房が点在。技術や知識を伝承するため1986年には職人による石州和紙協同組合(久保田彰組合長)が設立されたほか、2008年に開館した石州和紙会館(同町古市場)では製品販売や一般向けの紙すき体験も行われる。

 また、1986年から約20年間、ブータン王国と行って来た人材交流事業が今年、8年ぶりに再開する。今後は職人による現地での技術指導や研修生の受け入れなどを予定し、石州半紙を代表とする石州和紙全体に注目が集まることが期待される。

出雲市平田地域を代表する伝統芸術の平田一式飾
一式飾(出雲市平田地域、斐川町)

 陶器や仏具など、同じ種類の道具一式を組み合わせて作る「平田一式飾」は、出雲市平田地域を代表する伝統芸術。1793(寛政5)年、地元の表具師が茶器一式で大黒天像を作ったのが起源とされる。

 現在は平田一式飾保存会(田中久雄会長)が継承に努め、毎年夏に主催する平田天満宮祭奉納一式飾競技大会では、町内会や企業、団体の趣向を凝らした作品が町を飾る。

 昨年からは、地元有志によって神話にちなんだ飾りが町内の店舗前や駅に展示されるなど、平田一式飾を核にした町づくりも本格化。今年3月には、国立民族学博物館(大阪府吹田市)での常設展示が始まり、素晴らしさを全国に発信している。

 一式飾で、平田とともに有名なのが陶器を組み合わせる「直江一式飾り」。「あきばさん」と親しまれ、出雲市斐川町の夏を彩る「なおえ夏まつり」で披露され、直江地区の各町内会の力作が通り沿いを彩る。

 約290年前、地元の豪商が店の出火のおわびに、店の道具で人形を作ったのが始まりとされ、上からつるして制作するのが特徴だ。

品質の良さで評価が高い雲州そろばん
雲州そろばん(奥出雲町)

 素早い指の動きに対応して、直径13ミリのひし形の玉が金属音にも似た乾いた音とともにはじき、カチッと止まる。

 そろばんは、計算ミスの少なさが命。一般に23桁、長さ33センチ、幅6.5センチの雲州そろばんは、100分の1ミリの精度で均一な品質。玉や枠にカバ、ツゲ、黒檀(こくたん)など堅い材料を使い、摩耗が少なく丈夫で、誤算を生じやすい玉のばらつきがない。「量の播州」に対して「質の雲州」と評されるゆえんだ。

 雲州そろばんは、江戸後期の1830(天保元)年ごろ、奥出雲町亀嵩の大工・村上吉五郎が芸州そろばんの修理を依頼されたのが始まり。その後、横田の高橋常作、村上朝吉が均一な玉削りの技術を確立し、広まった。

 1960年代、同町横田だけで約1千人がそろばん製造に従事。最盛期の77年ごろには年間110万丁が生産され、売り上げも15億円あったという。今は3万5千丁、1億5千万円程度に落ち込んだが、木製そろばんの全国シェアは50%を誇る。

2013年8月20日 無断転載禁止