レッツ連歌(下房桃菴)・9月12日付

(挿絵・FUMI)
◎春はあけぼの秋は夕暮れ

作者にも想定外の熱帯夜    (松江)三島 啓克

キャンバスとカメラ上手に使い分け
               (松江)金津  功

自然には逆らうなよと父の言う (浜田)滝本 洋子

一杯で酔いが回って眠りこけ  (出雲)石飛 富夫

来年のセンター試験に的しぼり (江津)江藤  清

待ち合わせ時間の好み一致して (美郷)芦矢 敦子

思春期の誤算もあった日の二人 (松江)杉本 末吉

じいさんが思いつきそな合言葉 (江津)花田 美昭

今は亡き恩師の姿目に浮かび  (松江)木村 敏子

なによりも日焼けが怖いウオーキング
               (大田)福田 葉摘

ばあちゃんも文学少女だったのよ
              (奥出雲)松田多美子

行く川の水の流れは絶えずして (松江)永瀬 秋風

ちゃんちゃんこ販売促進キャンペーン
               (益田)黒田ひかり

霊峰は四季折々に姿変え    (益田)石川アキオ

英訳をしてもハワイじゃ通じまい(松江)庄司  豊

すらすらと読む青い目の留学生 (浜田)勝田  艶

一年があっという間と愚痴こぼし(松江)野津 重夫

去年今年心に響く寺の鐘    (松江)岩田 正之

口数の多い予報士嫌われて   (松江)安東 和実

一刻がまさに至福の露天風呂  (松江)木村 更生

忘れずに帰っておいで渡り鳥  (雲南)難波紀久子

墨水(ぼくすい)を下る小舟に身を任せ
               (松江)余村  正


           ◇

 「墨水」は「■(サンズイに墨)水」とも書きますが、隅田川(墨田川)のこと。江戸の文人たちが、中国風にしゃれて、こう呼んだのですね。永井荷風に『■(サンズイに墨)東綺譚』という名品がありますが、これすなわち隅田川の東、玉井(たまのい)の娼婦にまつわるお話。

 瀧廉太郎の曲で有名な「春のうららの隅田川」―、これには「花」という題が付いております。その第三曲は「月」で、「錦おりなす長堤に、くるればのぼるおぼろ月」と、秋の紅葉を詠んでいる。

 もっとも、ここで「おぼろ月」が出てくるのはとても不思議なのですが、しかし、そんなことを言い出せば、第二曲は「納涼」という題が付いているのに、詠まれているのは「桜木」と「青柳」。それよりも分からないのが、そもそも第一曲の「のぼりくだりの船人が」―。船人がどうしたというのか、これがぜんぜん分からない。うそだと思うなら、自分で歌ってみてください。

 名曲といわれる唱歌にも、歌詞はお粗末というシロモノがままありますので、みなさん、十分ご注意ください。「かわいい魚屋さん」のことは、以前お話ししたことがありますよね。

 話が横道にそれました。

「春のあけぼの」と「秋の夕暮れ」が好まれたのは、『枕草子』に限りません。

 『古今集』から『新続(しんしょく)古今集』に至る二十一代の勅撰集のうち、「…春のあけぼの」で終わる歌は五十三首、「秋の夕暮れ」は、例の「三夕の歌」をはじめとして、実になんと百十首。ところが、「春の夕暮れ」はようやく十一首、「秋のあけぼの」はわずかに二首―。

 昔の日本では、秋には、深夜からいきなり真昼になった、というわけではないのですが…。

 その一方では、こういう伝統を踏まえた上で、

  見わたせば山もと霞む水無瀬河(みなせがは)

   夕べは秋となに思ひけむ

という、後鳥羽院の名作も生まれております。これはこれでおもしろいですね。

           ◇

 さて、いよいよ秋もたけなわ。わが家の小さな庭の柿も栗も色づいてまいりました。収穫が心待ち遠しい昨日今日。そこで、次の前句は―、

  実の生らぬ樹(き)は植えぬ爺さん

 つまり私のことなのですが、まあ、みなさん、なんとでも仰ってください。ただし、付句は五七五です。

(島根大名誉教授)

2013年9月12日 無断転載禁止

こども新聞