島根ふるさと遺産100選 (16)出雲部の風土と文化、歴史

 地元住民と観光客を問わず、人々を魅了してやまない宍道湖の景観をはじめ、出雲部の風土と文化、歴史にかかわる遺産を紹介する。

宍道湖に浮かぶ嫁ケ島の西側に沈む夕日は観光客の人気を集め続ける
宍道湖の景観と七珍(松江市、出雲市)

 豊かな幸に恵まれ、沈む夕日が多くの人を魅了する宍道湖。斐伊川の淡水と日本海からの海水が混じり合った汽水湖は、面積79・2平方キロで全国7番目の大きさだ。

 美しい夕日を見るため、多くの観光客が集まる。国道9号沿いには「宍道湖夕日スポット」が整備され、観光客らは嫁ケ島をシルエットにして、空を赤く染める夕景を楽しむ。

 宍道湖のスズキ、モロゲエビ、ウナギ、アマサギ、シジミ、コイ、シラウオは「七珍」と呼ばれ珍重されてきた。

 特にシジミの漁獲量は日本有数で、鋤簾(じょれん)を振るう漁の光景は水都・松江の風物詩になっている。しかし、1973年に2万トン近くあった漁獲量は、昨年には1873トンまで減少し、資源回復が課題になっている。

 宍道湖にはマガン、コハクチョウなど数万羽の水鳥が越冬のため飛来する。2005年、国際的に重要な湿地を保全するラムサール条約に、中海とともに登録された。

出雲弁の番付や書籍など関連グッズも多く出ている
出雲弁

 語り口が穏やかで柔らかい響きの出雲弁は、松本清張の推理小説『砂の器』で紹介され、一躍有名になった。被害者の男の言葉が東北弁だった、という証言から始まった犯罪捜査の目は、ズーズー弁の出雲弁の存在で一転、中国地方へと向く。

 出雲弁は、島根県東部で話される方言。鳥取県西部の伯耆地方の方言にも共通した特徴があることから、「雲伯(うんぱく)方言」とも呼ばれる。

 「ばんじましてね」のような古語も残り、語彙(ごい)が豊富なことも特徴の一つ。東京以西では出雲だけがズーズー弁で、その理由はよく分かっていないという。

 出雲弁保存会が作成した「平成版 出雲弁見立番付」で行司に位置する「だんだん(ありがとう)」は、2008年9月~09年3月に放送されたNHK朝の連続テレビ小説のタイトルにも使われ、ほかの出雲弁とともに全国区になった。

出雲地方の歴史と文化を伝える出雲文化伝承館
出雲文化伝承館(出雲市)

 出雲地方特有の築地松に囲まれた敷地に、かつて大地主が住んだ出雲屋敷や、松江藩の松平不昧が愛用した茶室がよみがえった。出雲市浜町の出雲文化伝承館は、訪れた人々がこの地の歴史と文化に触れられる憩いの場として、1991年に同市が開設した。

 中心の出雲屋敷は1896(明治29)年に建設された大地主・江角家の母屋、長屋門を移築。広い土間、ケヤキの大黒柱、黒松の梁(はり)などが、出雲屋敷の伝統を伝えており、座敷からは枯れ山水の庭園を見渡せる。

 茶室「独楽庵」は、安土桃山時代の茶人・千利休が京都に建てたと伝えられ、その後、大名茶人の松平不昧が江戸に移築して愛用していた茶室を復元した。もう一つの「松籟(しょうらい)亭」は、著名な建築家・中村昌生さんが日本の木造建築の良さを生かして設計した数寄屋建築の茶室。展示室もあり、24日まで地元出身の日本画家・小村大雲(1883~1938年)の生誕130年展を開いている。

昔ながらの町並みが残る木綿街道
木綿街道(出雲市平田町)

 木綿の集散地として江戸から明治時代にかけて栄え、昔ながらの町並みを残す出雲市平田町の木綿街道。酒やしょうゆの醸造蔵をはじめ、なまこ壁や黒瓦、格子窓、伝統的な切り妻妻入り塗り家造りの町家が並び、往時の面影を今に伝えている。

 東西を流れる船川など水路に恵まれた平田地域は、古くから商家の荷を運ぶ市場町として繁栄。特に雲州平田木綿は大阪や京都で良質の木綿として高く評価され、盛んに取引された。

 交通の発展とともに、徐々に衰退していったが、現在も酒やしょうゆ、しょうが糖の老舗が軒を連ねるほか、国登録有形文化財「本石橋邸」や旧石橋酒造といった建築物が、懐かしい風情を漂わせる。

 景観保全と活性化に取り組むのは、地元住民らでつくる「木綿街道振興会」。食のイベントやコンサートの開催、空き店舗の活用など幅広く活動。出雲大社の遷宮効果もあり、最近では多くの観光客が訪れ、落ち着いた空間の中で町歩きを楽しんでいる。

2013年11月12日 無断転載禁止